ふと「そういや小林よしのりって、ゴー宣のような論説マンガの亜流はあっても、ギャグマンガとしての亜流はないような……」と思って、カマヤン(id:kamayan)さんと話をしたんだけど、彼曰く「ギャグマンガ家としての小林は、山上たつひこの亜流」との事。言われてみればそうなんだけど、オレとしては(小林には)かつて山上から田村信が、望月三起也から今道英治が、もっと新しくなると荒木飛呂彦から高橋和希が出たような「直系の亜流」*1が少ない*2なと思って。それにはアシスタントが師匠の作家の連載している雑誌の姉妹誌などに出て来る機会が、雑誌そのものの減少などにより減ったからかも知れないとカマヤンさんに振ったら、雑誌の減少の影響はあると思うと言われた。ある程度は正しかったみたいね。マー、そりゃ「特定の作家」の亜流が出にくい時代は、メジャー誌の別冊・増刊が本誌の看板作家のアシスタントで周囲を固められて、持ち込み系の新人の出番がなかなかなく埋もれてしまう事も少なくなかった時代*3よりは遥かにいいんだが、今は今で競争激しいしね~。今は亜流となると「ジャンル」内でと言う事になるし。異世界転生とか、そこから派生した悪役令嬢ものとか。ところでカマヤンさんは「直系の亜流」の系譜とかにはあまり関心なかったり、オレと小林への評価が違っていたりした*4けど、有意義な話にはなった。これまたカマヤンさんに言い忘れたが、みなもと太郎曰く「最近は一人一ジャンルの傾向が強い」事も大きいんかなと。
それにしても、誰かの亜流にすらなれなかったオレは、一体どうすればよかったんだ。とは言えマンガ家目指していた時、オリジナリティ幻想に取り憑かれていたからねー。それ以上は聞くな。あと、このブログでいちいち小林よしのりについて言及するのは、いろんな意味でオレも含めた「現在の」左派の創作者が、小林のゴー宣を超えた作品を作ってない*5事に忸怩たるものがあるからだ。おいそれと作品は完成しないから、現代マンガ家のひとりとしての小林に言及する事で、何か別の対策が見えてこないかと思って……。そういやカマヤンさんは『進歩と改革』での連載において「左派もメディア*6を活用せよ」と、発破かけていたな。そうはならんかったけど。最後に、文中一部敬称略。