走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

はっはっはっ、マッカーサーれた!

 題名は、出口王仁三郎が敗戦を知った時言ったとされる言葉だ。いえね、pixivの「ピクシブエッセイ新人賞」の結果発表見たら、オレのマンガはかすりもしなかったので、題名の言葉を思い出して。

 マー、入賞作に比べたら、あまりにパンチが弱かった。パンチっつーても、上岡龍太郎ではない。昭和のお笑いを知らんと、分からんネタ*1やめい。アホな話はさておき、エッセイマンガは難しい。オレの恨みつらみをマンガにすればいいのかも知れんが、中学時代オレに絡んで来ていたヤンキーを描いても「これじゃ、どこか憎めないように見える」と、人に言われたしなあ。恨みつらみは、文章の方が向いてるのかなあ? 実はエッセイ新人賞に描いて送ろうかと思っていた話がもう一本あったんだが、描いてる途中に力尽きて間に合わなかった奴がある。今度、あらためて描こうかな。たぶん、読者に石投げられるだろうが……。いや、嫌韓厨にケンカを売ると捉えられてもおかしくない内容なので。実際売るんだが。他人にケンカ売る内容だから、描くのが前にも増してしんどかったのかも知れん……。

 それに最近は、イラストエッセイやエッセイマンガはやりにくいんと違うか? いえね、かつて電車で見かけた女の子をスケッチしてツイッターにアップしていたマンガ家が袋叩きに遭ったりとか、私小説だが『石に泳ぐ魚』を巡る裁判の判決とかを考えると……。前にも言ったけど、うつをこじらせる前の桜玉吉みたいに、「ネタにされるのがいやだったら、俺の前に出て来るな」と言い切るわけにもいかんし。そこをなんとかするのが、マンガを描く者の腕の見せ所なのかも知れん。あるいはナンシー関のように、見ず知らずに批判(あるいは非難)されても、「うるせえ」と相手にしないとか。いやいや、ナンシーとて生きていれば、SNSの隆盛などに直面し、「うるせえ」だけでは済まん現在を把握するだろう。そして一筆コラムを……。

 話を戻して、今回のエッセイ新人賞は、ちと結果発表までが長かったな。オレが送ったと知って、中止するつもりと違うか? とまで考えてしまった。何を考えてるのだ、オレはー!

*1:上岡レベルの芸人だと調べれば分かる話だが、世の中調べん奴は調べんからねー。

尿なんかいりませんよ、世界中で持て余しているくらいなんですから!

 モンティ・パイソンの台詞*1を題名にしたが、こないだトイレ行ったらなんか思い出したので。題名とは関係ない話題をこれからするんだが、正直題名の方が面白いかも。と言うか、何を言っても、題名に負けてしまうは必定。そう思えば逆に、好きな事が言える。深刻な話はしないがな。

 その1。最近、絵を描こうにも、どうも上手くいかん。いや、客観的に見て自分の絵はどうなのかと考え出すと、手が止まると言うか。納期があるわけじゃないし、病人なんだから、無理はしない方がいいんだが、また発表のタイミングを逃すかと思うと……。考え倒れするくらいなら、しばらくアホウのようにすごしてリフレッシュしてみるとか。いやいや、絵に打ち込むと言う時点で、世の中に背を向けたアホウのようにすごしているんだが。

 その2。こんなツイートを見つけた。

 そうか、オレも描いてる(書いてる)ものを特産物にしてしまえばいいんだな。オレは人から描いてる絵が「ほのぼのしてる」とか「やさしい雰囲気」とか言われるから、そっち方面に突き抜けるべきかなあ。ヒーローとか怪獣怪人も描くけど、そっちはやさしさと相性が悪い*2ような。でも、描きたいんだよオレは!

 その3。『ラジプリズム』の部長(パーソナリティ)は「モテたい」とか「彼女欲しい」とかよく言うけど、彼女が出来たあと相手をどうしたいのか、何をしてやればいいか考えて言ってるのかな? これは、「モテたい」と言う世の男性全般に言える事だが。

 ……と、題名とは関係ない三本のコネタでお送りしました。と言うか、オレは何故あんな題名を。

*1:しかも吹き替えは、納谷悟朗だ。

*2:ウルトラマンコスモス』と言う、例外もあるが……。

あやしいビジョンが

 なんか来年こそ、オレの人生は終わる気がして来た。急にホームレスになる予感が、頭をよぎった……。来年、なんらかの形で全てを失い、野垂れ死にと言うビジョンが見えてしまい、頭を抱えている。今の日本で一番難しいのは野垂れ死にと言うが、これからどうなるかは、あやしいものでございます。もう、オレの人生は、にっちもさっちもいかないのかも知れない。と、書いていたら、10年前ももう人生終わると思っていたのに、なんとか今日まで生き延びられた事を思い出した。「今までだって、なんとかなったじゃないですか」の精神で生きてみよう。20年後、30年後考えると、早いうちに死んだ方がいい気がするのも事実だが……。

 こんなに不安定になっているのは、全部冬季うつのせいなんだろう。とりあえず医者に報告するしか。医者にも、薬を出すくらいしか出来んだろうがな。

今日はもう、余程の事がない限りブログ書かない

 なんか頭が働かないため、今日はもうブログ打ち止め。何か余程の事がない限り、記事は増やさないつもりだ。しばらくツイッターもPawooもやりたくない、考え事から出来るだけ遠ざかりたい。しばらく休もう……。あと、クリスマス絵描きも無理か。頭が働かないから、新キャラのカラーリングとか考えるのいやや。しかしこれだけいろいろな(人によってはどうでもいい)事をやりたくないと言うのも、まだ精神的に参っている証拠か。やれやれ。

人恋し

 オレは人間不信の癖に、最近人恋しくてねー。孤独をこじらせてしまい、相手に何をしてやればいいか分からないが、人恋しい。昨日、広島コミケで知人に絵を見せてもよそ見されたのなんのを書いたのも、「絵を通して社会と繋がりたい」気持ち……つまりは人恋しさからだ。ちなみにその知人は男だ、自分の絵を見て感想なとのべて欲しくてやったんだが。

 今も人恋しさを埋めるために、ツイッターのDMで絵を見せたりしている。あと、今朝pixivのアプリからスマホにオレの絵をブクマしてくれた通知が来たが、これは何度来ても嬉しいなあ。ヤハリ人恋しさを埋めるには、絵を描いて発表するしかないか。他の手段が思いつかんし、第一先立つ物……金がない。なので交際費がねー。

 いささかヘンな話になってしまったが、人恋しさを埋める手段は、オレが他人に少しでも評価されてる絵の分野なのかも知れない。絵を描けばモテると言ってるわけではない、人付き合いの機会が広がるのではと……。ネットで知り合った相手に、ホイホイ会いに行くわけにもいかんがな。マー、一番いいのは交際費に事欠かないくらいに金回りがいい事なんだが。オレよりいい暮らししている連中が、つくづくうらやましい。

 しかしだ、前述のように相手に何をしてやればいいか分からないところがあるので、付き合うったってどうすりゃいいかと言う悩みはある。もし万が一女性と付き合う事になっても、絵の話題ばかりでは相手は辛いだろうし、ましてやオレのマニアックな知識をひけらかしてもねえ。相手がオレよりマニアックでないと言う保証はないが、マンスプレイニングになったらまずいし……って、人恋しさと言う言葉が、「異性と付き合いたい」と言う意味なのか「友人知人と仲良くしたい」のか、ごちゃごちゃになってるな。あえて両方を同時に語ってるけれど。だって、ホントに普段孤独なんだもんな。

人間、運がないとどこまでも不幸になる

 30年以上は前の話になる。ファミ通で、ある洋画が紹介されていた。野球好きの少年が核廃絶が実現するまで野球をやめると宣言する事から、実際に核廃絶につながるような内容だった。ストーリーの詳細も洋画のタイトルも忘れたが、出だしは覚えている。何故なら紹介文の最後に、こんな事を書いていたからだ。

君は、核兵器をなくすために、ファミコンをやめられるかな?

 この一文にショックを受け、「核戦争で世界が滅んだら、ファミコン*1どころじゃない。だが、ファミコンは好きだ、どうしよう?」と悩んだ末、「中を取って、アーケードゲームを我慢すると言う事で……」と思ってしまった。え? 「ちょっと待てお前、結局ゲーセンにも行くようになったではないか」だって? のちに宗教に走り、そう言う願掛けは無駄だと思ったのよ。「絵を描くと悪い事が起こる」など、諸々のジンクスもな。それはともかく、ファミ通はあんな事を書くようなところがあるから、ゲームメーカーから「ファミコン雑誌でありながら、ファミコンが趣味である事に否定的」と言われちまうんではなかろうか? だいたい、仮にみんながみんなそんな願掛けをしたら、真っ先にファミ通が無用の長物になってしまうだろうに。今ならこうツッコミを入れられるが、当時はあまりにメディアを信じすぎていた。ヤハリ、メディア・リテラシー教育は大切だな。オレの家庭がそう思っていればの話だが。マー、メディア・リテラシーと言う言葉自体、80年代じゃなく90年代に言われ出すけど。オレが最初にその言葉を知ったのは、断筆を解いたあとくらいの筒井康隆噂の眞相での連載だったし。

 メディア・リテラシーはさておき、オレの家庭はオレの悩みにまるで無頓着で、親兄弟全員相談相手になってくれんかった。前述のファミ通の件だって、親兄弟に気軽に話が出来る雰囲気ではなかった。母親はそれ以前から「核戦争が起きたらみんな死ぬんだから、どうしようもない」と投げやりな事を言っていたし、親父はもっと刹那的だったし、兄貴は「俺に悩み事を持って来るな」と言っていたし。外に相談相手になってくれる人や友人なといれば話は違っていたろうが、そう言うのもいない。ために宗教に走っちまって……。確かにジンクスとか無意味な願掛けから、宗教の教えにより解放はされた。しかし反対給付はあまりに大きかった! 親兄弟とのあつれきは大きくなるやら、現実の問題と教団の言う事のギャップに苦しみ、精神的に不安定になるやら! これを今言っても仕方がないからこのくらいにして、悩みを誰にも相談出来なかった事に話を戻そう。なんでそうなったかと言うと、前述のとおり家族がオレの悩みに無頓着だっただけでなく、母親から「あんたの考えは世間に通用しないんだから、誰にもしゃべるな」と言われたのを守っていたからである。これがなかったら、また違う人生があったろうなあ……。どこまでもついてねえ。ここで、この記事の題名に話がつながるわけです。「オレがもっと努力していれば」と言いたくもなるけど、そもそもどう努力すればいいか分からない環境ではねえ。悩み事を相談出来る環境も、悩みを解決するために努力出来る環境も、運次第な面があるのではと。してみるとオレは、運にすら見放されていた事になる。不幸だなあ、どうやって埋め合わせすればいいんかなあ。埋め合わせとか考えないで、さっさと人目につかないところで黙って死ねってか? いやだね。そう強要するお前が、先に死ね! って、誰が強要してるんだよ。

*1:この場合、テレビゲーム全般を指す。

広島コミケであった事とか、同イベントにどんな風に参加するかとか

 最近、リアルで絵を見せる機会が減っている上に、今年8月の広島コミケでの話だが、知人にオレの絵を見せていたら感想も何も言わないばかりか、途中でよそ見された。それを見て、「彼にはもう、絵を見せられないな」とがっかりした。ハナっから「お前の絵には興味がない」と言ってくれれば、まだあきらめがついたものを。

 ほんでもって、今悩んで……いや、迷っている。また同人イベントに、サークル参加しようかどうかで。広島コミケの参加料も安くないし、サークル参加するとなると肝心なのは、出展するための頒布物……早い話が同人誌だ。最近はコピー誌でも体裁は整うが、それでも安くはない。それだけでなく、交通費やら当日の食費やら考えると、結構な金額になる。これを交際費と見てもいいんだが、以前みたいに「招かれざる客」に粘着された時の事を考えると、怖くなってなあ。同人誌だって、友人知人には捌けても、それ以外に波及しないし。pixivで無料公開した方が、よっぽど人様に見てもらえるわい。しかしクロッキー帳を抱えて友人知人にぶら下がり、見てもらおうとするよりも、作品ひとつ作った方が……って、それ去年の2月にも言ってたじゃないか! そして前述のとおり、「招かれざる客」に粘着されたり出した本が友人知人以外には捌けなかったりして、当分サークル参加は見合わせると判断したのだった。しかしね、自分の作品を見てもらいたい気持ちはあるのよ。「絵を通して社会と繋がりたい」から。それをかなえるのはpixivなどネットでのみにとどめた方がいいのか、出費は交際費と割りきって*1サークル参加した方がいいのか、迷っている。

 しかしなー、今は絵描き系の友人知人が広島コミケに参加していないのが。ゲーマーつながりはわりといるんだが、絵描きつながりは広島県内にはおらんかった。10年くらい前まではいたが、その後向こうが参加しなくなって疎遠になり、今や音信不通。新しい絵描き仲間を見つけようにも、オレの同人活動ジャンル*2の者が、全く広島コミケにはサークル参加していないし、オレ自身も流行りにホイホイ乗れる機動力はない。なんたるバヤリース! ヤハリネットで、ちまちま絵を挙げて行くしかないか。客観的な状況をこうして書き出していたら、そう思えて来た。しかしネットで見てくれる相手との接点がないから、ネットではどう動けばいいか分からん。それに時代が変わり、ネットもリアルも変わらんようになって来たしなあ。そんな時代において、SNSを活かせてないオレっていったい……。いかーん! こんな風に自虐的な話をして、萎縮している場合じゃないわ! 何のために『ラジプリズム』経由で同人サークルに入ったんだよ、「絵を通して社会と繋がりたい」からだろ。黙って絵を描けや、オレ。それにこの記事のはじまりでは、リアルで絵を見せる機会が減っている事について書いていたろ。そこだよ。

「どこだよ?」

 そこ見てんじゃねーよ! …… って、誰と会話しているつもりなんでしょうね、オレと来たら。話を戻して、同人イベントと言うのは、生で読者とやり取りが出来るチャンスもある。これを楽しみにしていたが、オレはなかなか相手にしてもらえなかった。サークル参加せず、友人知人にぶら下がりクロッキー帳を見せれば、よそ見する知人が出る始末……。もしかしてオレは、広島コミケに向いてない? しかしオレの絵やマンガは、呉では見せる機会がない。10年前に入っていた障害者向け作業所(今はやめた)で、何枚かオレの絵を貼り出してもらった事もあったものの、何の反響もなし! ヤハリ呉は田舎だ、つまらんなあ。リアルで絵を見てもらうと言えば、通っている精神科の医者が代診になった時、絵を描いている話をしたところ「個展を開くとか言う気はありませんか」と言われた事が。その時には額装出来る絵がないのと、代診の医者とは初対面だからオレがどう言う絵を描いているか向こうは分からないだろうと思ったのとで、辞退はしたが。

 とか書いていたら、うっかりスマホの「公開する」ボタンを押してしまった。この辺にしとこう。

*1:本が捌ける事は、もはや期待していない。

*2:現在はおそらく、レトロゲームの二次創作とオリジナルになる。

なんでここで力尽きる?

 クリスマス絵の線画をパソコンにスキャンしたら、そこで力尽きた……。なんでここで力尽きる? マー、このところ体調は安定しないし、スキャンするのも久しぶりだからなあ。クリスマスまでに、ぼちぼち描くか。

 絵と言えば、最近ツイッターで絵を挙げる時には、地元広島のラジオ番組『ラジプリズム』の番組ハッシュタグを付けるようにしている。自分に接点のある相手に、少しでも見てもらう機会を作らんと。オレはそう言う自己PRがド下手*1だから、今まで随分と損して来た。うつ状態などで体調も安定せんから、前述のようにすぐ力尽きるし。好きな事をする体力もないんかいな、オレには。時間がないから、今描けるだけ描きたいんだが……。

 あと、mixi日記にも少し書いたが、絵を描いていても「ここがダメだ! あそこもダメだ!」と自責の念に囚われてしまう。言い出したらキリがないんだから、見切り発車も必要な気が。うつ状態がまだ続いているんかなあ? こんなに自責の念にかられるのは。そっちより、前述の自己PRの下手さと関係ありそうだけど。

*1:自己顕示欲はある。でないと、「絵を通して社会と繋がりたい」などと思うわけがない。

脳内漫才

 長年人から相手にされなかったもんだから、まるで漫才のように自分の脳内でボケとツッコミを会話させ*1、孤独感や無聊と言ったものを埋めていた。他にもいろいろ想像するが、それらがむなしく、辛くなって来た。むかし想像にふけって楽しんでいたら、兄に「ひとりでニヤニヤするな! ぶつぶつ独り言を言うな!」と殴る蹴るを受けていたため、想像で楽しむ事に限界を感じて。限界を感じるのには他にも理由があるが、いちいち書く気になれん。マー、いろんな事が重なって、「誰からも相手にされないのに、ひとりであれこれ考えてもねえ」と言う諦めが出て来たと言うか。

 しかしなー、想像もしないでぼんやり生きていたって面白くないのも事実だ。「普通の人」とやらは普段なんにも想像しないと聞くが、だからいろんなところでやらかしてしまうのと違うか? スパロボLの加藤機関の雑兵じゃないが、想像しろ想像。それはさておき、いろいろな人と出会い、相手にしてもらえるようになった事で、想像と言う行為を創作のために振り分けるようになってたが、それでも完成した作品が少なすぎる。マー、脳内の想像を現実に映し出すのは、相当ホネなんだが、それをかんがみても少ない。何度も挑むうちに、創作のための力がすり切れたようだ。人生に残された時間もないので、残った力で何か作れればいいが。前述のとおり、想像そのものが辛くなったと言う事態が発生しているけど。ネットでもなかなか人に相手にしてもらえなくなって、また脳内漫才の機会が増えたものの最初に書いたとおりそれが辛くて。

 人と接する機会は減る、自分の考えをネットでもなかなか聞いてもらえない、暗い過去は思い出す、将来になんの見通しもない……。辛くても脳内漫才でしのぐしかないのだろうか? 「結局それかい!?」と、脳内のツッコミ役が早速ツッコミを。と、落としてもいいが、それでは閲覧者に申し訳がない。なんでよと言われそうだが、あまりに出来すぎていて逆に面白味がないと言うか。前述のとおり想像中に兄にどつき回されたのも、トラウマのひとつだ。それならあの頃、想像を絵に描けばよかった……。くそっ。あと、むかし引っかかった宗教が、「想像する事」に否定的だったのもなあ……。なんで次から次へと、オレの想像を邪魔する者が出て来るんだっ!? おお、天よ! 貴様に問う。何ゆえオレに、あのような仕打ちをしたのか? 心あらば答えよ、さあ! さあ! 

*1:時折オレの文章に出て来る「脳内のツッコミ役」の正体がそれだ。

あらためて、憎しみの矢

 カマヤン(id:kamayan)さんが「憎しみの矢は、必ず曲がって飛ぶ」と言っていたが、オレの場合、憎しみの矢は自分に向けて飛んで来てるようだ。それは前にも言った気がするけど。正直、世の中を見ていると怒りや憎悪が溜まって、憎しみの矢を放ってしまう。その度に自分に向けて飛び、グサリグサリと我が身を傷つける。悪循環にも程がある! 「嫌いなものを数えても仕方がない」と言う言葉にしたがって、出来る限り嫌いなものについて言及するのは避けていたが、限界が来てるのかも知れん……。

 だからと言って、カミツキガメのように、あたりに噛みつくわけにもいかん。そんな事をしている奴らに嫌気がさして、何も考えないアホウのように暮らそうとした事もあったし。それも上手くいかんかったがな。ケンカにならず陰口にもならず、異見や異論を表出する方法はないかな。嫌いなものだから異見や異論が出ると言うわけでもないが、ヤハリ。