走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

でも、アライグマちゃん。足元には木の根っこが!

 題名に意味はない、思い出した『ぼのぼの』劇中の台詞を書き写しただけだ。ところで、オレはまたしばらく沈黙する。これからいろいろ忙しくて、文章書いてる暇がなさそうでなあ。去年の今頃のように世の中を呪っていられないのは、いい事ではあるけど。念のため去年の1月のブログ過去ログを確認したが、結構酷い話を書いていてげんなり。挙げ句の果てにこんな事まで。

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 今は絵を描く事に対する不安は少ない。ないわけではなかろうが、去年の今頃までは酷かった。サブカルビジネスセンターに通うようになって、だいぶ自信がついたと言えよう。やっぱり同好の士が集まる場所にいるのは大きいよ。その分交通費など出費もかさむが、一昨年までみたいにぼんやり生きているよりは、ずっと。

 てなわけで沈黙するし、ツイッターも連絡用にしか使えん。忙しさが一息ついたら、また。

ある意味、オレの懸念が当たったのかも知れない

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 上記ふたつの記事でオレが書いた「eスポーツを取り巻く状況が、いつ覆るか分からん」と言う懸念、香川県がアホな条例案を出した*1事で的中したのかも知れない。こんな事的中してもしかたないだろう!? とは思うけど、たとえばファミ通みたいな大きいゲーム誌が、真面目にゲーム叩きに反論する論陣を張っていればとも。

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 また、上記ふたつの記事で「死にたい」と泣き言を言っていたが『いだてん』のサントラの楽曲をいくつか聴いて、あの作品で何度も「人生、負けても続くもんだし、むしろ負けてからが本番の事もある」と(言外に)言及されていたのを思い出した。実際劇中の金栗四三も「死は易く、生は難(かた)し」と言っていた、考えを変えねば。オレひとりでどうこう出来る話ではないが、死ぬよりは生きてあがく方がマシだ。見てろよ。

*1:eスポーツにも、ごちゃごちゃ言っているらしいし。

えらい事になって来ましたよ……

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 上記記事にも書いたが、香川県のゲーム規制条例と文化庁によるダウンロード違法化。これが呼び水になって、日本は地獄と化すだろう。ネットと言うものを理解しない、しようともしないアホどもの自己満足のせいで、いろんな事がダメになる! えらい事になって来ましたよ。もういやだ、死にたい! とは言え、やる事があるから今すぐ死ぬわけにいかんけど、そのあとの事を考えると気が重くなるばっかりだ。なんでこう、日本は自ら凋落する選択肢ばかり。トホホ。

昨日に続き、また

 昨日に続き、また生きてくのがいやに。油断すると、すぐこうだ。それだけ絶望感が深いってことだろうが、いい加減そう言う自分もいやに。

 しかし香川県と言い、文化庁と言い、ロクな事しやがらない。状況が悪くなる一方で、辛い……。オレより心身ともに健康な人が香川県文化庁に諫言しても、ダウンロード違法化について後者は聞く耳持たんかった。なんてこった、ちくしょう。ダウンロード違法化については、マンガ業界だけの問題ではなかったのに、結局盛り上がらずじまい! もう、泣くしかない。これでクーデターも政変も起こらんのだから、支配層にとってはいい国だよな日本って! そんな状況、オレはちっともうれしくねえよ! だからもう、生きていくのやめようかとさえ。やる事あるから、そう言うわけにはいかんが、これからの世の中を考えると、誰ぞの文句ではないが「ここからが本当の地獄だ……!」と言いたくなる。インターネットの構造からして、ダウンロード違法化なんてナンセンスなんだが、文化庁が横車を押したばっかりに! 他にも大小いやな事はあるので、どうにもこうにも。ダウンロード違法化が通ったら、文科省文化庁が入っている)の建物ごと、しめやかに爆発四散してやりたいが、無理だ。短けぇ夢だったなあ……。

辛いもんは辛い!

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 上記記事の最後の方で「死にたい」みたく書いたが、急に状況に絶望して。油断すると、すぐこうだ。マー、題名にも書いたように「辛いもんは辛い」んだが。

 出先からの帰り、急に世の中にも自分自身にも嫌気がさし、生きる事をあきらめそうになったら、これや……。たとえば香川県条例案について話し合える相手も少なければ、その辺の状況を改善する力もないので、つい。サブカルビジネスセンターの皆さんは、オレも含めてそれぞれ忙しいし。とは言え、オレも「ひどいね、ひどいね君」と言い合いたいわけでもなく、これからどうするかを話したいんだが、そう言う相手がなあ。香川県だけでなく、大阪府知事までおかしな事を言い出しては流石に焦る。しかし病人であるオレには、むかしみたいな機動力はない。こう言う時のためにうぐいすリボンなどに寄付したり、昨年の参院選川田龍平氏に投票したんだけど……。と言うか、客観的な状況に背を向ける事になるのを承知でツイッター見る時間を減らしたのに、それでも気を揉むオレの性分の悲しさ。これ以上はどうにもならんから言わんけど『子供の科学』誌上で「ジブン専用パソコン」と称してラズベリーパイ搭載のパソコン自作連載記事が載るご時世に、香川県は随分アナクロじゃねーか。ちなみに、子供の科学の版元である誠文堂新光社は『小学生のスマホ免許』と『中学生のスマホ免許』と言う、スマホの使い方教本も出している。件の条例案を検討していた時の議長だかの「スマートフォンはインターネットと完全に同じ機能を持っておりますので」と言う発言とは、えらい違いや。スマホと言うハードウェアと、インターネットと言う情報インフラ総体の区別もついてないんでっせ。最初その発言を見た時、パソコンを放り投げそうになった……。

 畏友カマヤン(id:kamayan)さんが、よく「規制あるところに利権あり」みたいな事を言っていたので、香川県大阪府の動きがどうにも胡散臭く思えて……と、早めに書いていればよかった。そうしていれば少しは腹の虫も治まり「死にたい」などと言わんでも済んだものを……。

おおっ! 力が欲しい

 香川県条例案の影にうごめく輩に限らず「引き出し屋」と呼ばれる連中と言い「引きこもり」を飯のタネか自分らの行動を正当化するための藁人形にする連中の、なんたる醜さよ。そんな連中を叩きつぶす力が欲しい、切実に。力とは暴力ではなく、組織力とかいろいろな意味があるのだが。いや、こんな事書かずに、さっさと死んだ方がいい気さえしてきた。もう、どうにもならないように思えてなあ。悔しいなあ……。

またしばらくブログ休む

 いま不調で考えもまとまらんため、しばらくブログを休む事にした。ツイッターも見るの控え、もとよりニュース自体嫌いだから、ネタがないのも事実だが。オレがニュース嫌いなのは、宮崎勤逮捕以降や、地下鉄サリン事件などでの狂騒を見て「ああ、今のニュースは野次馬を喜ばせるためにしか機能してない」と絶望したからだ。そりゃ一昨年の西日本豪雨災害の時には世話になったが、野次馬を喜ばせるためのニュース(と言うより醜聞)は、見たくも聞きたくもない。世の中の動きをなんにも知らんと生きていける時代でもないが、醜聞を嗅ぎまわるような真似ばかりしたくもないのだ。わかんねえかなあ……。

 それはさておき、こんな話をしているだけでも疲れた……。今日もツイッター控えるぞ。

コン・バトラーV組み立て中

 思うところあって、昨日からスーパーミニプラのコン・バトラーVを組み立てている。完成したら、長年死蔵していたザンボット3も作るぞ。とは言えプラモ作りに必要な工具のニッパーが痛んでいるので、新調せんといかんが……。と、言いつつ今日は不調で買い換えどころではなかった。

 しかし素組みだけだと、プラモ作りは精神を落ち着かせる効果があるみたいだな。昨日イライラしてたのも、結構治まったし。下記記事で言及した自己嫌悪も、なんとかなったからな。

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 とは言うものの、前述のように今日は不調だしニッパーも買えてない。続きはまた明日以降か、こうしていてもしんどいし。

ああ、悔しいなあ

 毎度の事だが、宗教に引っかかって一度恋愛をあきらめたのは悔しいなあと。2001年の二度目も悔しいんだが、なんでああまで自分の幸せを追求しなかったのかと。オレがもうちょっと自分の幸せ*1に貪欲だったら、別の出目もあったろうに……。これもひとえに……言えば言うほど悲しくなって来た。いくら過去を悔やんでも、都合よく書き換わる事はないのに。でも30年前、下手に恋愛が成立したら、親父が「女騙せ、女騙せ」と言っていたんだから、どうなっていたか。意外と、家族を捨てて駆け落ちでもしていたかもな。そっちの方がどんなにかと一瞬思ったけど、それはそれで苦労のはじまりだったろうし。

 最近オレは、いろんな意味で「今、ここにいるべきではなかったのでは」と言う気持ちが強く、堂々めぐりと分かっていても後悔してしまうのだ。「ここ」がこの世でなければいいが……。そりゃ可憐な少年*2に過酷な運命が背負わされた32年前なんにも出来なかった事を責めても仕方ないが、いろいろ思うとなあ……。せめてオレに語る言葉や機会があるうちは、自分の幸せを追求出来るなら追求してくれと、みなさんに言い続けるしかない。

*1:これは恋愛に限らない。

*2:オレだよ、オレ!

アホな想像力

 ご存知のとおりオレはむかし、今よりずっと孤立していた。そのためいろいろ物事を、想像のみで考えていた時期がある。たとえば1988年に中学を卒業して、家事手伝いなどしていた頃「今のオレは4歳くらいと同じ状況で、こう言う逆行が続くと二十歳には産まれる前の状態に戻る……、つまり死ぬのではなかろうか?」と恐怖した事があった。誰もマトモに相手にしてくれんし、家族すら助けてくれんかったら、どうしてもね。今にして思えば、どう言う想像力の使い方なんだとツッコミも入れたくなる。あの頃オレにはなんにもなかったと思っていたが、想像力はあったのね。これを物語を作る方に向けて、それなりに努力していれば、もうちょっと出目があったろうに……。今、サブカルビジネスセンターでマンガを描かせてもらえてはいるが、その前に商業デビューなと出来てたかも知れん。確かに商業誌で描くのは、生き馬の目を抜くどころの騒ぎじゃねえけどな。

 ところで最初に書いた「自分の運命はある段階から逆行していて、数年後に死ぬのでは」と言う想像、オレのオリジナルではないかも知れん。いえね、兄貴の影響で読んでいた小説やマンガにおけるSF短編やショートショートが血肉となって、いやな想像に繋がったのではと……。メディアの影響うんぬんと言うより、ストーリーテリングを学んだと言うか。繰り返すが、そこを物語を作る方に活かせていればねえ。マー、藤子・F・不二雄のSF短編みたいなものを描きたいのかと言われたら、「NO」と言うしかないけど。何が悲しゅうて、あんなひねくれた話を描かにゃならんのじゃい。……書けば書くほど悲しなって来たわ、想像力がおまんまにならなかった事も、かつて想像力が孤立を慰撫する方向に働かなかった事も。後者は、オレが想像の世界で幸せになっていたら、兄貴が「ひとりでにやにやすんな!」と殴って来たのが続いた挙げ句なんだが。