走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

ぼくの考えたネトウヨ怪人

 と言うわけで、オレが考えた「ネトウヨ」の怪人化を少し挙げてみる。こいつらを出したマンガを描きたいと思いながら、上手くいかない。ならばいったんお披露目した方が出目があるかも知れん……。

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 まずは、街宣車漢(おとこ)。こいつはさらに、下図の姿に。

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 こんな車に変形すると言う事は……。そうです、ようつべで『宇宙鉄人キョーダイン』見てた頃に描きましたー!

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 タケヤリ漢(おとこ)と、おっさんマン。おっさんマンは正義の味方と言うのではなく、こいつも「ネトウヨ」怪人。ただし、自分が正義の味方だと信じこんで、おかしな事ばかりすると言う……。おっさんマンは夢の中に出て来たキャラクターで、立ち小便除けみたいな鳥居のマークは、夢ですでに付けていたんだ! 他意はない!

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 最後は、三日月スッポン漢(おとこ)。なんでこれが「ネトウヨ」怪人なのかと言うと、貧困からイカレて「ネトウヨ」言論人となった、柳沢きみおへの挽歌として描いた。『月とスッポン』好きだったんだがなあ……。よろしければ、柳沢きみおと関係なく「猛犬トントン相撲漢(おとこ)」とかも描くが、どうじゃ! どうじゃじゃねえか。

 これくらいのキャラを、「ネトウヨ」が跋扈する前に描いていればよかった。今だとどこまで当てこすりになるか分からんし、これでオレは炎上するかも知れない。その覚悟は固めてこれらを発表した! それぞれの怪人に、それぞれのドラマはあるが、それは別の機会に描くかも知れない。描かないかも知れない。

腰くだけな話

 この辺の話、あまりに腰くだけで、どうにもこうにも。三島由紀夫が左翼だったら、週刊TVガイドで「ポスト三島由紀夫なのか」と呼ばれ、のちに日本会議の前身の組織の会長になった黛敏郎はなんなんだ。もーいや、もーいや、もーいやゼリー!

 しかしなー、最近「左翼」と言うのを「ダメなやつ」「気に入らないやつ」程度に使っている連中多くないか? それじゃダメだろう? と言っても、そんな事言う連中が、このブログを閲覧したり、ましてや行いをあらためたりは期待出来ない。どうすりゃいいのさタコのふんどし。この話、もっと転がそうと思っていたが、前述のとおり、オレと意見が異なる者が見てくれそうにないので終わりにする。はあ~、どうすりゃええんかのう?

オレの人生、こんな話ばかりか!?

 と、セルフツッコミしたくなる思い出が、また出て来てしまった。前に、中学時代オレをいじめていた奴が卒業式だかに山科けいすけのキャラを描いて体育館に掲示された話は書いたが、実はその卒業制作みたいなものはオレも作っていた。人がつり橋にされその上をいろんな奴らが楽しげに歩いている絵に、「人をふみつけにするな!」と言う文字を入れたやつを。しかしそれは下絵だけで、彩色して完成を見る事はなかった。家庭が荒れていたため出席出来なかったのもあるかも知れないが、もっと大きな理由として下絵を見た同級生の女子に、ボロクソに言われたからだ!

「なに? 人をふみつけにするなって、あんたの事?」
「女の子の胸を大きく描いて……、いやらしい」

 こんな事言われて描く気が失せ、別の絵を描いたが上手くいくわけもなし。前述の下絵は美術の教師が激賞したんだが、年上に褒められるより同年代に褒められたかったのもあって、結局うやむやに……。もしかしたら、あの時女子からのdisりを踏み越えて、絵を完成させていたら、人生に違った出目があったかも知れない。もっと言えば、「絵を描くと、悪い事が起きる」と言うジンクスから抜け出せていたかも知れない。こう言う出来事も、オレが絵やマンガを本格的にはじめるのが微妙に遅れた遠因だったのかも。ちくしょー! あと、山科けいすけキャラを描いた奴には、教室の床に叩きつけられて、頭を踏んづけられたのも思い出した! かさねがさねちくしょー! なんてついてなかったんだ、オレの中学時代は! んー、オレの過去を精算するため、「人をふみつけにするな!」の絵を、今描いたらどうなるかやってみようかしら。あんな風刺画より、描きたいものはいろいろあるけど……。

 しかしなー、孤立はする、男女問わずいじめられる、挙げ句の果てに家庭は荒廃……。よく自殺せんかったな、オレ。コミックボンボンの『最新版ゲゲゲの鬼太郎』で、自殺したら地獄へ行くと描いていたから自殺を思いとどまったのかしら? あの頃、サンデー・コミックス版『鬼面帝国』の表紙見返しに山上たつひこが書いた「地獄と言うのは、その時代の差別と、密接に繋がっている」って言葉を知っていたら、件の鬼太郎の描写をどう思ったかは知らない。ついでだから脱線するけど、最新版ゲゲゲの鬼太郎からスピンオフした地獄童子のマンガがのちに別の雑誌ではじまった時も、「親より早く死んだ子は、問答無用で地獄行き」と言う描写があり、げんなりした。考えてみればむかしは医学なども発達していないから、子どもの死亡率は高かった。そんな死に方をしたり、親に殺されたりしても地獄行きか!? 笑わせるな、金田益実! いや、地獄童子と言うキャラを考え、スピンオフマンガの原作もしたのが金田益実だったので。話を戻して、なんであんなに荒れた環境で生きていたんだ、どうにもならないとは言え、あまりにも悲しい。その後持ち直すんだけど、持ち直したと言っていいのか自信がなくなった……。

オレは非常に残念だあっ!

 いくら言ってもアホは減らんし、オレには出目がないし、現実逃避のため絵を描いて発表しても、ブログでもツイッターでも反響はなし。絵はpixivが一番見てもらえる場なんかも知れんが、最近アップしてないな。やる事なす事上手くいかんし、オレは非常に残念だあっ! ツイッターも見る気せんし、ましてや電子コミックやら電子小説やらなんてとてもとても。

 仕方ない、もうちょっと現実逃避しよう。もっと絵を描いて、残酷な人間社会を一時でも忘れよう。しかしどこで? あと、何を描けばいいか。……と、書いて放置していたら、pixivへひさびさに絵がアップ出来た。何を描くかも、今までどおりでいいかと。それでも、世の中に対し「オレは非常に残念だあっ!」と言いたい気持ちはたいして変わらないが。トホホ。

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 上図が、pixivで挙げた絵。前にこのブログで挙げた絵の、瞳の濃度を変えた。どうも薄い感じがして。

a-katu.hatenablog.com

 閲覧者の皆さんの、判断を待つ。……前にもこんな事言わんかったかしら、オレ。

オレはなぜ、自分を縛っていた!?

 この年になって思うのは、オレはなぜ、いろんな形で自分を縛っていたのかと言う事だ。家族の顔色をうかがい、そのあとは宗教に縛られ、マトモに働けないからとしなくてもいい萎縮をし、気がついたらアラフィフっつーの? になって……。いや、アラフィフがドーノコーノと言うのも、自分を縛っているようなもんだ。いかんなあ。もっと自由に絵を描いたり、マンガ描いたりすればよかった。「絵を描くと、悪い事が起きる」と言うジンクスを、固く信じていた自分が情けない。いや、オレが信じていたジンクスの大部分は、自分が楽しむ事への引け目と言うか、前述のように自分を縛ろうとするものでしかなかったのだが。

 なんでこうなったのかは、家庭が荒れていたからとしか言いようがない。それで最初に述べたように、家族の顔色をうかがい生きるようになったわけで……。今は自分を縛らず、自分の人生を生きられるはずなのに、それでも自由に生きるのが怖い。なぜだ。マー、長年の恐怖から自由になれてないんだろう。これはもしかしたら一生続くかも知れん、嗚呼。こんな考えに負けず、少しでも自由に生きよう。

 なんでこんな事を書いたのかと言うと、睡眠薬や安定剤を常用している者がアルコールを摂取すると、健忘症や呼吸困難になる可能性があるとか言う話を知ったあと、オレは酒もタバコもやらんが、酒やタバコは人との付き合いの中覚える側面があるとも言うのを思い出した。そのあと、今さらやろうとは思わんが、それだけ付き合いがなかったのかオレはと愕然としたあと、人付き合いを覚える前に自分の行動を縛ってばっかりだった人生をかえりみて「あ~あ」となったんだよ! つくづく、楽しい事の少ない人生だと思っていたが、原因は自分の中にもあったのだ。あと、周りに趣味やら自分の尊厳やらをさんざん蹂躙されて来たからでもあるが、そっちはさんざん書いたから、割愛する。

異論もあるけど、耳が痛い

 「クルマの上で言っても聞いてもらえないから、マンガにするんやないかー!」と言いたくなる*1が、耳が痛い話でもある。オレはそう言う暗黒面を、真剣に考えたのだろうか? と……。なんでこう言う反応になるのかって? いえね、まさしく「自分の意見をマンガにする事の暗黒面」全開のマンガを描こうとしていたもので。さて、どうしよう? だいたい、オレのマンガに出てくる*2「竜牙党」と言う集団が、ウルトラマンAヤプール同様、右翼*3を戯画化したものなんだし。とか言ったら、真船禎が怒って来るかも知れんな。

 話を戻して、オレは「サヨクキチガイ」だから、勝共連合だの日本会議だのには『がきデカ』の西城君がこまわり君にツッコミを入れる時の台詞……「えーい、みにくいっ!」をぶつけるしかない気がするが、オレひとりで言っても世間から「バーカ」と言われるだけだし。ならばマンガにでもしなければ、やってられない気もする。確かに、意見ばかりでマンガとして面白くなかったら、マンガとしての価値を問われるけど。某スルメロックのマンガとかにゃー。あれは、意見の方もでたらめか。ツイッターで二、三回読んで、つまらないからミュートしたし。オレがマンガを描いても、似たような反応されるかも知れんが。って、描いて発表しなければ、どうにもならんわ。とにかく描いてみるか。

*1:そもそも、オレはクルマが用意出来ない。

*2:と言っても、まだエロマンガに名前しか出してないが。

*3:それも、在特会とか日本第一党みたいな奴ら。

ここにいちいち書く事もなかったかな……

 最近、私的に連絡出来る相手が増えて、ならばここやツイッターにいちいち書く事もなかったかな……と。いや、そもそもツイッターは、大橋ツヨシ*1のマンガに出てきた「自分のする事をいちいち触れ回る婆さん」みたいな使い方をするツールだったはずなのに、相互監視のためのツールと化してしまったような。トホホ。いやいや、ネットでおおっぴらに触れ回った方がいい事を触れ回るには、ブログもツイッターも利用価値がある。まだ少し、そう言う方向で使うか。

 話は変わるが、「おとうさんへ」と言うお題が、はてなブログに出されていた。今までブログなどに書いてきた親父の悪行を、これを機にまとめようかと思ったのだが、書こうとしたらすっげえ頭痛がしてきた! それだけ書くのがいやか、オレ。マー、父の日を意識したお題にそんなもん書いても、ドン引きされるだけだな。実際、家族の話をすると引かれているみたいだし。しかしなー、オレのある段階までの過去って、そんな話ばっかりですよ。このところようつべで『超人機メタルダー』を見たり、レトロゲームのミニハードの発表に心躍らせたりしてるけど、むかしのわずかばかりの楽しかった思い出の残滓をすくい取ろうとしているみたいで、悲しくなったりもするし……って、こんな話ばかりするから、引かれるのかも知れない。さりとて、書けるような明るい話題もなし。ただひたすら、脱力するもの也。

 話を戻して、結局は私的に話が出来る相手があまりに少ないから、いらん事までブログで吐露しちまったんだよな。アホな話に食いついて来る人が少ないから、辛かった思い出の吐露になったんだけど。

*1:現在のペンネームは、「大橋つよし」になっている。

よくわからん話

 いきなりだが、Wikipediaの「浮田幸吉」の項目では、幸吉はグライダーみたいなものを使って飛んだとされているが、宮武外骨が「不応為条」*1の説明の為に幸吉について触れている文章では、「風船」*2とされているのだ。どう言う事だ? こう言う事か?

 外骨の文章は昭和初期だが、後年になって資料が発見されたのかも知れないし……。どなたかご存知ありませんか。うーん、よく分からん。

 余談だが幸吉を主役にした『鳥人』と言う映画を、1940年……つまり昭和15年に、丸根賛太郎監督が撮っている。この丸根と言う人、戦後に『殴られたお殿様』と言う映画や、「まるねさんたろう」名義で実写テレビ版『鉄人28号』の監督をしている*3のだ。……ホントに余談だ。

*1:江戸時代の「人のしない事をした」事による罰をあらわす。

*2:熱気球か?

*3:こちらは、コオロギハルヲとの共同監督。

オレはなんで、『ラジプリズム』聴いてるんでしょうね?

 何度もこのブログで言及して来た『ラジプリズム』、だんだん聴くのが辛くなって辛くなって……。前にも言ったけど、十代向けに舵を切ってから、部活だ受験だ恋愛だと、オレの十代には縁のなかった話が多くてなあ。オレはネタ職人ではないからネタコーナー方面で活躍も出来ないし、ほぼ毎回恋愛相談が何通も来るから、どうしようもない。部員(リスナー)は大体、オレより恵まれてるしねえ……。部長(パーソナリティ)を応援するために聴いていたつもりだったが、番組のツイッターハッシュタグでも、オレは浮いてしまっているような。先々週から先週まで、不調であまり聴いてなかったが、またしばらく聴くの控えようかしら。少し頭を冷やす意味でも。

 いや、部長は「嫌いなもの」や「好きなもの」に向かい合う時のヒントを、部員(オレ含む)に教えていた。それでいいじゃないか……。あと、ネタコーナーで笑っているとか。

言いにくくされる事で、現実的な対応が遅れる

 ネットで「死にたい」と言いづらくなって来たので、「生きるのが辛い」と言い換えるしかない。……と、書いて思ったのだが、こう言う言い換えから、問題への現実的な対応が遅れるのではないかと。特に日本人は、そう言う「言い換えによる問題のすり替え」が得意だからな。そもそもなんで「死にたい」と言いづらくなったと感じたのかと言うと、ツイッターの規則が自殺・自傷に厳しくなると聞いて。ツイッターの運営が、死にたいと思うくらい思い詰めている者を救うわけでもないのに。

 ツイッターだけの問題ではない、前述のように「言い換えによる問題のすり替え」が横行している日本では、「死にたい」が言えなくなったら次は何が言えなくなるか分からんぞ。「生活が苦しい」と言えなくなるかも知れん、くわばらくわばら。つるかめつるかめ。

 表面上「死にたい」と言えなくするより、そこまで思い詰めている者に対する現実的な救済を充実させた方がいいではないか。なぜそうしない? マー、予算とか出したくないんだろうな。どいつもこいつも。しつこいかも知れないが、むかしのオレの家族も、オレが悩んだり苦しんだりを発言しにくい空気を作っていた。そのため余計に悩み、苦しむ破目になっちまった……。もう、そんな事やめにしようや。ご同輩。誰だよご同輩って。