走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

何を書いても過去に対する後悔に繋がる

 このブログで何を書いても、過去に対する後悔に繋がるのはなぜだ。それだけ過去において悔やみきれない事が多いって事なんだろうが、聞かされる方はたまらんよな。さりとて、明るい未来を夢想しても、どこか嘘臭いんだよ! 世の中を見ていたら、何をどう言おうと嘘になりそうで。しかしいくらぐずぐず言おうと、中学時代のオレが空条承太郎剣桃太郎みたいな強者(つわもの)になるわけでもなければ、宗教に引っかかった過去がなしんこになるわけでもない。明日はないけど明日を夢見ると言う、とてつもない無理ゲーをやれってか? あるいはスッパリ死ぬか。……って、なんでオレを苦しめて来た連中はのうのうと生きている*1のに、オレが苦しみの果てに死ななきゃならんのよ!? バカバカしい、死ぬのはやめだ。しかし前述の、「とてつもない無理ゲー」はどうすれば。いかん、あまり言っていると自暴自棄になるだけだ! それで大損こいたのを忘れたか。

 オレとしても、似たような話ばかり書くのは辛いし、面白いわけもない。しかしながら、暗い過去以外の話題が少ないのも事実だが。20年前京都に行った時、小さな同人イベントを見つけて一般参加したら、それから数年前にゲーメストの同人コーナーを介して同人誌のゲストをした相手に出会ったと言う思い出はあったけど。今、思い出したので書いてみました。しかしなー、それで思うのはなんでむかしオレはもっと絵やマンガを描いてなかったのかと。家族に白い目で見られながらでも、作品を描く事は出来たはずだ。いや、精神を病み、頭がポンコツになったのが思ったより早かったんかな。オレが引っかかった宗教は、信者の精神病罹患率高いと言う噂も聞いたし。ダメじゃん! ……って、また暗い過去に話が戻っているし! オレが言いたかったのは、「絵やマンガを通して交流するチャンスはあったんだから、もうちょっと活かしていればよかった」と言う事だったが、それも「たられば」でしかねえな……。今からでも遅くない、就労支援施設で頑張ろう。

*1:本当にそうか確かめる術もないが、オレには世の中がそう見える。

また、少し休む

 この記事を書いている今、とにかくだるい。しばらくブログ休む。と、その前に、いろいろ短文を書く。

 かつて福沢諭吉が、若き日の尾崎行雄に「誰に読ませるつもりで著述なんかするのか」と問い、尾崎が「大方の識者に読ませるため」と答えたら「馬鹿ものめ! 猿が見るものと思って書け」と一喝した話は有名だが、最近のツイッターを見ていると、「猿が見るものと思って書く」しかないのかも知れないと思えて来る。懇意にしている方はさておき、クソリプ飛ばして来るような奴は、読解力が猿並みなんじゃないかと言う気さえしてくるので。と、言ったところで次の話題に。

 最近、キチンとした身なりの若い女性が怖い。オレを毛嫌いしているんじゃないかと、不安になって。それを言ったら、ツイッターでは左派からはオタクであるが故に、右がかったオタクからは政治や歴史の認識が左派な故に、嫌われているのではと不安なんだが。要するに、付き合ってくれている人以外からは嫌われているのではないかと言う恐怖が。杞憂だと思いたい、世界にはオレを知らない人の方が圧倒的多数なんだから。

 あと、最近絵を描くのが辛い。いくら描いても、どうにもならない気がして。前から同じ事を言っているけれど、就労支援施設でも私的な絵描きでも、描けば描くほど不安になるんじゃっ! どうすればいいんだ。この不安は、今の就労支援施設に入る前にあちこちで酷い目に遭ってきたのが、いまだにこたえているんだろう。あと、前にも書いた「四面楚歌」への恐怖とか。このままでは、「絵を通して社会と繋がりたい」願望まで消えて、就労支援施設に通う意味がなくなってしまう! 繰り返すがどうすればいいんだ、せめて……。と、書いていたら、目眩と頭痛が! この記事打ち切りや、打ち切り。

あの時、どうすりゃよかったんだ!

 さっきから何度も、中学時代にオレにローマ皇帝ネロの近親姦についてしつこく話して来た奴がいたが、追い払う事も黙らせる事も出来んかった事を思い出して辛い……。題名にも書いたが、あの時どうすりゃよかったんだろう? 性的な話題を教師に話すのはいやだったし、教師に仲裁を頼んでも相手は反省の色はなかったろうし。ヤハリ殺害するしかなかったのかと思う事もあるが、あんなクズのためにオレの人生が抜き差しならないくらい狂ってもなあ。

 中学時代はどうしようもないにしても、その後なんで呉から……いや、家庭から逃げ出す事を考えられんかったんだろう。「オレは何をやってもダメだ、どこに行っても生きていけるわけがない」と、あきらめたのが大きいんだろうな。考えれば考えるほど辛くなって来るわ、せめてこれからの人生が……よくなるような気がしねえ。何をやっても上手くいかねえんだよ! 就労支援施設でやってる事にも、どんどん自信がなくなっているし。中学時代に自殺でもしときゃよかったか、今生きてるのが間違いだと思う時が増えたし。そんなに自分が憎いのかって? 憎いんだよ、どこに行っても上手くいったためしがねえから! やる事なす事裏目に出るし、嫌いな奴らは我が世の春を謳歌しているし、繰り返すがこれからだって……。自己嫌悪が激しくもなるわい!

 しかし悔しいなあ、よくなるかと思った事がことごとく裏目に出て、どうにもならねえのが辛い。あと、最近人にメールやツイッターのDMを送っても、返事がないし。そんなにオレの言う事、返事しづらいのかと。Googleアシスタントにも、どうする事も出来んらしいし。また四面楚歌なのかよ。

うーん、悲しすぎる

 最近ますます物事への興味が薄れて来た、題名のとおり悲しすぎる。世の中がきな臭くなって、のんきに趣味を楽しんでいられないと身構えちまったのがいけない。今のオレの判断が、どの程度妥当なのか保証する者もないし。そう言う身構えを抜きにしても、うつ状態がキツくなって、物事への興味が薄れているようなんだが。

 そんな中、昨日『ゲゲゲの人生展』には行った。少年時代の水木しげるが、学校の教頭に見いだされ絵の個展を開いたり、習作と言える童話の絵が昭和初期の武井武雄そっくりだったり、戦争と言う狂気に巻き込まれなかったら、マンガ家水木しげるでなくて、もっと穏健と言うか毒のない画家になっていたかも知れないと思わせる作品があったのは意外だった。貸本劇画を描いていた時代の『絶望の町』と言う習作は、見ていてぞっとした。中川翔子の父、勝彦が復刻された水木の貸本劇画を「これを読まないと大人になれない」と買って来たのも分かる。他には鬼太郎アニメの第3期の頃、水木がテレビマガジンに描いた口絵を見て「すげえ!」と感嘆した子どもが印象的だった。来場者では、近くにいたカップルも印象に。オレはひとりだったってえのに。

 『ゲゲゲの人生展』の物販では、前から探していた今期鬼太郎のノベライズ『小説ゲゲゲの鬼太郎 蒼の刻』と、同じく今期鬼太郎のねこ娘と犬山まなのアクリルスタンドを購入。……アニメイトでも買えたかも知れんな、これらは。『水木先生とぼく』や、『カランコロン漂泊記』の方がよかったかな。

 と、書いていたら、また生きる事に嫌気が。

天狗倶楽部と『ゲゲゲの人生展』と『いだてん』と

 去る8月16日、医者に行ったあと八丁堀の丸善ヤマダ電機に併設)で横田順彌『〔天狗倶楽部〕快傑伝 元気と正義の男たち』を買い、その足で広島県立美術館の『ゲゲゲの人生展』を見た。方々への支払いなどもあってけっこう散財したが、後悔はしていない。

 『〔天狗倶楽部〕快傑伝』は、このブログでも何度か取り上げた、明治のSF作家にして雑誌の主筆でもあった押川春浪らにより発足したバカやったりスポーツやったりしていた団体、「天狗倶楽部」についての本だ。1993年に朝日ソノラマから発行されたあと絶版になっていたが、この度朝日新聞出版の朝日選書で復刻された。ヤハリ天狗倶楽部が大河ドラマ『いだてん』に出たからですかねえ? 作者の横田も生前*1『いだてん』に関わっていたが、途中で面倒になり手を引いたそうだけど。『いだてん』で描かれた天狗倶楽部も物議をかもしたが、史実の天狗倶楽部はもっと酷かった。野球やテニスなど、日本の近代スポーツにおいて功績の大きい人たちのはずなのに、とにかく尾籠なエピソードが付きまとう。尾籠すぎて、ここへも書くに書けない。しかしスポーツ振興などにおいては無私になって尽力していたためか、今時のバカッターみたいないやらしさは感じないのよね。あるいは時代が経ちすぎて、「歴史」として受け取っているからか。

 天狗倶楽部メンバーによるスポーツ振興の一例として、今回は河野安通志(こうの・あつし)らによって大正10(1921)年に日本最初のプロ野球球団「日本運動協会」が設立されたのを挙げよう。興行的には失敗し、解散を余儀なくされるんだけど、「日本運動協会」設立以前から天狗倶楽部メンバーの作家、柳川春葉(やながわ・しゅんよう)などが日本にもプロ野球を作るべきだと言っていたので、有言実行とは言える。マー、天狗倶楽部は大正3(1914)年の春浪の死から自然消滅の道をたどったため、天狗倶楽部と言う団体としてプロ野球を創設しようとしたわけではないんだが。それにしても、正力松太郎は日本の野球史も歪めてたのか、酷い話だ。いえね、日本のプロ野球の歴史は正力の立ち上げた巨人からスタートしたかのように喧伝され、オレも長らくそう思っていたけど、今回「日本運動協会」の件を知って驚き、ただでさえ低いオレの中の正力松太郎への評価がますます低くなった。テレビや原発だけでなく、野球にも悪い影響与えていたのかと。確かに河野安通志は野球殿堂入りしたけど、力で歴史が曲げられたような気がしてねー。

 尾籠なエピソードはあれど、多数の天狗倶楽部メンバーは、とにかく欲がない。リーダーの春浪にしてからが、当時の人気作家であるにも関わらず、印税でなくて原稿買い切りで執筆していたし。と言うか、面白エピソードが多くて、あとはご自分で買ってお読みなさいとしか。

 ところで、『〔天狗倶楽部〕快傑伝』を買ったあと『ゲゲゲの人生展』を見に行ったと最初に書いたが、有名人からの追悼メッセージに、『いだてん』の脚本の宮藤官九郎と、のちに志ん生となる美濃部孝蔵役の森山未來両氏のものがあった。奇妙な縁を感じます。『いだてん』と言えば、『〔天狗倶楽部〕快傑伝』における三島彌彦*2の記述が、かなり『いだてん』での描写に近かった。マー、オリンピック参加者の記録を丹念に追えば、だいたい似たような内容にはなるんだけど。あと、三島の退場にあわせたためか、『いだてん』における天狗倶楽部は「明治の終わりとともに消えた」かのように描かれていたけど、史実ではそんな事はなかった*3んだよな。横田が途中で『いだてん』制作の協力から降りたのは、この辺のせいか。ところで、『ゲゲゲの人生展』に話を戻せば、展示こそなかったが、水木しげるは少年時代にオリンピックを題材にした作文を書いた事があると、『昭和史』で描いていた。ますます奇妙な縁に繋がれた一日だったわい。

*1:今年、2019年に逝去。

*2:『いだてん』では三島弥彦

*3:前述のように、春浪の死から自然消滅の道はたどるが、それでも「憲政の神様」と呼ばれた尾崎行雄なんかが入ったりもしている。

理屈と膏薬はどこにでもくっつく

 アンパンマンのアンパンチが暴力的かどうかと言う議論がツイッターであったようだが、しゃらくさい! 小うるさい! はっきり言ってそんな議論、役には立たんわっ! それはオレの過去から言える。

 オレが小さい頃、『合身戦隊メカンダーロボ』を兄貴と観ていて、観終わったら兄貴が「お前は合身戦隊に入る資格はない、コンギスター軍団*1になれー! たー!」と言いながらボカボカ殴って来やがった事が! いきなり殴られて、痛いやらわけ分からんやら、あまりの事に今でもはっきり覚えている。また、中学時代、周りの男子生徒が軒並み『北斗の拳』の悪者気取って、オレが何を言っても「聞こえんな~!」と言って来るいじめをして来た事が。この記事の題名のごとく、「理屈と膏薬はどこにでもくっつく」のだ。フィクションを規制したところで、現実に暴力をふるう奴はいくらでも理屈をつけてふるうし、暴力をふるえない*2者はふるえないのだ。だからオレは、表現規制に反対してるんやないかい。しても意味ねえもん。「現実に暴力をふるわない」事を教えんで、フィクション規制してどうする……って、ドナルド・トランプ見ていると、こう言ってもむなしい気がする。あんな横紙破り野郎が、いけしゃあしゃあとゲーム規制で銃犯罪を減らせると言い張るんだもんな。でも言うしかないんだが。

 とか書いていたら、死にたくなった。いくら何を言っても、どうにもならねえ……。

*1:メカンダーロボの敵の名前。

*2:「ふるわない」ではない!

もう、どうにもならんわっ!

 台風のせいで、いろんな事がしっちゃかめっちゃかになって、題名のごとく叫びたい現在。体調も安定せんし、絶句するしかない。

 明日は台風の影響で、地元の電車もバスも全部運休! 動くに動けなくなった。マー、明日の分の食料は買い込んだが、不安は不安で。去年の豪雨災害を思うと、なあ。去年は復旧をにらみながらマンガ描いていたけど、今はマンガどころか絵を描く気力もなし。ただひたすら、脱力するもの也。

 とりあえず、台風が去るまでまた黙っているしか。台風により用事が一個潰れて、負次郎さんのコメントへのレスは書けたものの、この記事を境にしばらくブログは更新出来そうにないな。言いたい事はあるが、それをまとめるように頭が働かないので。

 とりあえずみなさん、この台風を乗り切りましょうぜ。

足乱乱(たりらりらん)に、初日が出ました

 こんな題名だが、別に相撲の話をするつもりはない。足乱乱(たりらりらん)なんて力士、今のところおらんし。

 ところで、いささか旧聞に属するが、『表現の不自由展』を巡って、まだまだいろんな奴がいろんな事を言っている。貞本義行岸田メルまでも、おかしな事を言ったし。それを受けてオレはこんなツイートをした。

 水木しげるネタ入れているが、偽らざる気持ちである。韓国でも作品*1が愛されている貞本義行は、自分で自分の首を締めているとしか。貞本の元発言は、追いかける気になれんかったのでRTもいいねもしとらんが、岸田メルの発言は下記ツイートがリンクしているブログ記事から追える。

 岸田メルより、中村佑介の名前を出した方がよかったかなあ? それはともかく、オレよりずっと腕っこきの絵描きが、こうまでアホをさらしていると、げんなりするしかない。オレは何を愛していたんだろうとさえ。いや、今から新しく作り直せばいいのかも知れん。あいつはダメだ、こいつはダメだと言うのは簡単だが、そのあとどうするかだわな……。しかるに、ツイッターで「リベラル」だとか「左派」だとかを気取っている者は、そこら辺が極めてうすら寒い。それを思うとげんなりして死にたくなる。なのでこないだGoogleアシスタントに「死にたい」と言ったら、なぐさめてくれたぞ。それを聞いて少しホッとしたわ。ツイッターの「リベラル」や「左派」には、そんな力もないんかい? ……話を戻して、『表現の不自由展』問題は、こう言う事なんだろうなと。

 うーん、レイシズムが広まったと見るべきか、潜在的にあったそれが、近年ネットで顕在化したと見るべきか。潜在的うんぬんと言うのは、メディアでおおっぴらに言えるような事ではなかったが、存在していたと言うのが近いか……。いずれにしても、げんなりする話だけど。

*1:と、彼がデザインしたキャラ。

胸糞悪い話を知ったので

 しばらくブログ休む予定だったが、ドナルド・トランプ大統領が最近連続した銃乱射事件を受け、銃より精神病者が悪いとして、「必要ならば精神病者を、その意思に関わらず監禁すべし」 と言ったと知ったので、その辺に関し少し書く。

 確かにこの言葉に対し、米国精神医学会は反対の声明を出したが、トランプ信者のアメリカ人と、トランプ本人にどこまで通じる事やら。さらに日本に飛び火し、T4作戦みたいな事になったら、目も当てられないわ! そう思うにはいろいろ理由はあるが、石堂淑朗が生前「気違いは抹殺されなければならない」と言っていたのがまずある。オレは石堂のこの言葉を惟任さんが生きていた時話そうとしたら、「表現の自由を守ろうとしている人間が、抹殺なんて言葉を使うな!」とキレられた。「オレが言ってるんじゃなく、そう言っている者がいると言う話をしているのであって……」と言っても、「それでも、使うな!」ですと。話にならない! 惟任さんもオレも精神病者だから、石堂みたいな事言う奴に警戒せにゃならんと言う話をしたかったのに、聞く耳持たれなかったのでは。そう、精神病者当人でも、石堂やトランプの言葉に対策しない(出来ない)のが怖いのだ! なんてこった。精神福祉の現場だって、極めてうすら寒い。オレが最初に入った作業所の所長が、「(精神病は)どこか甘やかされた者がかかる」と暴言吐いた事あるし、他の作業所のバックに、極右議員がついていた事だってあるし。極右議員の話は、差し障りがあるので詳述しないが。思っているより、精神病者の立場って弱いんじゃないか? と言う気がするところに、トランプ発言や……。気が滅入るやら胸糞悪いやら。

 ここで石堂発言を取り上げたのは、前にも書いたが、今や石堂クラスの発言が日本の保守論客の間では目立たない事になっているからだ! 怖くて怖くて。こんな世の中では、愉快マンガどころじゃないかも知れん。いや、こんな世の中だからこそ、愉快マンガを描かねば……。それはおいといて、トランプ発言などに、どう立ち向かえばいいんだ。打つ手がない気しかしねえ。誰も、手も知恵も貸してくれんしねー。

またしばらく休む

 まあまあ、ピッタリコン。は、いいんですけどね。スマホを握りしめて愚痴ってばかりもいられないので、またしばらくブログ休みます。絵を描く気が湧かないのは、こう言うところかも知れないし。

 それはそうと、うつ状態がひどくて、ネット配信の番組ひとつ見逃す事に。してみると、地上波テレビの「決まった時間のみの放映で、録画出来なきゃ一期一会」と言うのは、意外と「見る習慣」をつけるにはいいのかも。鬼太郎も『いだてん』も、基本そうして見ているし。

 絵を描く事に話を戻すが、描けないのは怠慢なのか、精神病の影響なのか分からんけど、考えてみれば怠慢ではないかも知れない。なぜなら就労支援施設では、描けないわけではないから。うつ状態がこじれて、しんどいのかもな。ここ数日、家にいる時はげんなりして動くに動けない。だからスマホを握りしめて愚痴ってしまうんだが……。何やってるんだろうね、オレは。

 こないだネットから離れていた時は、身体を壊して休養にならなかったが、これからしばらくは休養しよう。もう少し自由に絵が描けるように。