走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

ふざけんな!



 著作権法改正において、いわゆるダウンロード違法化を文化庁が加えようとしていて、それを自民党が丸呑みしちまった! いわゆるスクショも自由に出来なくなりそうな法改正を、オレは許さない! 上記のオレのツイートは、書いているうちにどんどん腹が立って、下品な言葉になっちまった。こんな圧倒的多数の国民が得せず、誰に利益が還元されるか分からない法改正に、腹が立たない奴がいるか。もうやだ、この人(文化庁自民党)たち。

 例によって、オレが何を言ってもどうにもならないかも知れないが、それでもダウンロード違法化には反対せずにはおれん! だいたい、インターネットとそれに繋がる端末の構造を考えれば、こんな改正ナンセンスなのに。どいつもこいつも、何考えてやがんだ! こらぁ! アホウ!

 この辺で書くのをやめとくけど、この件については、また書くかも。その時、いい知らせでありますように。

不快感は錦の御旗になるか?

 下記のみっつのツイートをご覧下さい。



 ツイッターでよくある、「不快に思う人の事を考えろ」と言って圧力をかける事の是非ですね。それに対し「誰にでも不快なものはあるんだから、それを全部なくそうとしたら何も存在出来なくなってしまうわ!」と言って反論しようかと思った時期もあったが、今は違う。結局ツイッターでは、みんながみんな「自分の好みの価値観を、世の中の中央に据えようとする殲滅戦」をやりたがっているんだから、それでは反論にならないので。どうやってその殲滅戦をやめさせるかだよなあ、考えなくてはならんのは。「そうではない、不快なものに対する配慮の問題だ」と言われそうだが、その時には前述の「誰にでも不快なものはあるんだから、それを全部なくそうとしたら何も存在出来なくなってしまうわ!」と言う言葉を出すまで。

 最初は不快なものをどう受け入れるかの話をしようとして、題名もそんな感じだった。しかし今のツイッターで行われているのが、「自分の好みの価値観を、世の中の中央に据えようとする殲滅戦」なら「not for me」も「目を背けながら共存」も意味がない。さりとて、こんなしょーもない争いで消耗するわけにもいかん。ここから先どうするかの知恵が出ない、誰か手を貸せ、知恵を貸せ。つーても、答えは悪魔の叫び声だろうな。ブログやツイッターで今まで何を呼びかけても、返事はほとんどなかったし。それでもこんな記事を書いたのは、「自分の好みの価値観を、世の中の中央に据えようとする殲滅戦」はやめようやと言いたいからだ。いい加減にせんにゃ、共倒れになるで……。

自分の大切なものを、宗教に売り渡さない勇気。

 その人はすっげえ偉い! 自分の大切なものを、宗教に売り渡さない勇気があったんだからな。振り返って、オレはどうだ? 家族からの抑圧の影響で、自分の趣味を宗教*1に売り渡そうとしたじゃないか! しきれなかったから、宗教から逃げ出せたとも言えるが、なあ……。話は変わるが、家族は宗教と関係ない。むしろ宗教をやめさせようとしてた。ならばいい家族なのかと思われそうだが、自分たちの支配下にオレを置きたかっただけだろうな。今にして思えば、オレは家族に叩き込まれた奴隷根性から、宗教に尻尾振るようになったのかも知れない。つくづくロクな事のない人生だ。

 話を最初に述べた、「自分の大切なものを、宗教に売り渡さない」件に戻そう。オレが宗教に走った頃とは時代が違うから、最初に貼り付けたツイートで出て来た人は、「自分の大切なものを、宗教に売り渡さない勇気」を持てたのだろう。オレの頃はなあ……。いや、周りに趣味を共有出来る友人知人がいなかった環境がよくなかった。そのため自分の趣味を卑下してしまい、挙げ句の果てに宗教に引っかかっちまって。あの頃の事は悔やんでも悔やみきれぬ、タイムマシンで31年前に行き、宗教の勧誘に引っかかる時のオレに出くわしたら、過去のオレをくびり殺してるかも知れない。……そんな手の込んだ自殺を考えなくても。繰り返すが、あの頃オレに「自分の大切なものを、宗教にも何者にも売り渡さない勇気」があったなら、もうちょっと幸せな人生があったかも知れない。悔しいなあ……。この悔しさの反動から、過去のオレが手に入れそこなったものを今でも求めているし。具体的にはこんな本とか。

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 宗教に引っかかった頃、当時流行っていたこれらの本に紹介されているゲームを拒絶するようになり、それも悔やまれてなあ。内容はともかくこんな本をつい買ってしまった*2よ、トホホ。他には、「絵を通して社会と繋がりたい」気持ちを満たす方法の模索とか。今で過去を埋めようとする、悲しいおっさんだよオレは……。皆さん、「自分の大切なものを、宗教(や同調圧力をかけて来る集団)に売り渡さない勇気」を持って下さい。そして心身ともに、おすこやかにおすごし下さい。

*1:近頃はスマホの変換予測にも残したくないので教団名は出さないようにしていたが、最初に貼り付けたツイートに出て来たのと同じである。

*2:金回りはまだ良くないのに。

土日はまたブログ休む

 しんどいので、土日はまたブログ休むわ。とにかく頭が働かないのと、むきがどねどね不安感……。不安が強くてロクな事考えられない、こんな時にブログ書いても、ねえ。今日はまだブログを書くかも知れないが、ロクな話になりそうにないだろうな。

 話は変わって、『翔んで埼玉』ですよ。『ラジプリズム』の名物コーナー、「語ってみた」で昨日取り扱っていたんだけど、それを受けてオレはこんなツイートを。

 しかし放送中にこのツイートが、拾われる事はなかった! 嗚呼。「語ってみた」では『翔んで埼玉』人気を、「(愛ある)地方dis」ブームに乗ったと分析していたが、愛のない地方disなら80年代に既に流行っていたと、もっと食い下がって言えばよかった。ラジプリズムの部長(パーソナリティ)も、学生時代に埼玉に住んでいたため、『翔んで埼玉』の埼玉ネタに共感していたみたいだったが。オレは80年代の地方disや田舎disが笑えなかった、だってオレも田舎者や。下のツイートに書いた歴史の問題を知ってから、なおさら笑えなくなった。

 これも昨日のラジプリズム放送中無視された、トホホ。オレには『翔んで埼玉』は、在京マスコミの陥りがちな、東京とその周辺の空気だけで物事を考える悪い癖の延長線上にある気がして。え? 「理屈を言うな」だって? オレの中の『翔んで埼玉』への違和感を言語化したら、こうなったんじゃい! マー、土日ブログを休む話から、『翔んで埼玉』ネタを書く話の飛躍はどうなのよと言うなら、それは請け合うが。

おおおおお~!

 いろいろな事が重なって、今は考え事したくない。こんな時に、愛しあえるパートナーでもいれば、また話は違うかも知れないが、世の中そんなに甘くない。なんでこんな話をするのかって? いや、また急に人恋しくなって。オレはホントにヘタレだ、孤独に耐え、孤独に生き、孤独に死なねばならぬのに人恋しくなるとは。いや、そう思う事自体が、悪しき新自由主義とか「自己責任」教とかに染められているのかも知れない。ところで今使ってるスマホ、「あしき」で「悪しき」と一発変換出来ねえぞ! その癖、いらん固有名詞はやたらに入っている……。それはいいとして、オレは寂しがってる癖に人が怖い。対人恐怖症と言うか、慣れない相手や場所に対峙すると半ば固まってしまうように。それだけ普段、他人に会ってないって事なんだが。こんな状態では愛しあえるパートナーなんて、トテモトテモ。

 いや、こうやってあきらめるから、人生が行き詰まっているように感じられるのかもな。これも前述の悪しき新自由主義や、「自己責任」教に毒されたせいか。おのれ『カイジ』の利根川め! ……悪しき新自由主義や「自己責任」教の伝道師やアイコンは他にもいたりあったりするんだけど、石やうんこを投げつけたり、大きくバツを付けたりしやすいのが利根川なもんで。他の奴は名前も出しとうない、出せば出したで厄介事が転がり込みそうでなあ。あと、スマホの予測変換にも残したくねえし。マンガのキャラでなくて実在の人物も、ワイドショーとかほとんど見ねえからいちいち個体識別してないし。マー、以前『カイジ』のコマや台詞を恣意的に引用した本を出したりセミナーを開いたりしていた木暮太一は、オレみたいなそんなにマッチョでない者がぶん殴っても泣きそうなくらい、ヒョロヒョロなおっさんだったが。……なんでこんな話に。何も考えんとスマホいじっていたら、物騒な方へ物騒な方へと話が行くわい。つーか、どんだけストレスが溜まっているんだよオレは。話を、人恋しくなっている事に戻そう。スマホSNSによって、のべつまくなしに人と繋がっているかのような幻想はあるが、オレは寂しさが強くなる事が多い。地元広島のラジオ番組『ラジプリズム』を経由して繋がった者もいるんだが、今やラジプリズムはティーン向け番組。初期のオタク番組の残滓は確かにあるけど、高校に行けなかったり、他にもいろいろあったオレには、今どきのティーンの姿がまぶしすぎてなあ。……オレは人嫌いなのか人恋しいのか、どっちなんだ。

 と、書いていたところで、さらにいろいろあり、この記事の一部は杞憂だと判明。また、無意味な独り相撲をとっちまった。愛し合えるパートナーがいない問題は残っているが、それはまだ解決出来まい。ラジプリズムの部長(パーソナリティ)も、それを抱えて番組やってるんだから。オレより収入があって、学歴も高く、絵も上手い人がそう言うのいないんだから、オレは推して知るべし。もうちょっと金回りがよければ、フーゾクにでも行って「愛し合いたい」欲求を解消するんだが。別に性欲だけの話じゃなく、相手とのスキンシップみたいなものも欲しくなってねー。

ここれっちょ、てんぷらまにまに、うぅならぽっかっだっ

 題名は気にしないでくれ。


 してみると、例えばボカロにおける初音ミクが、斯界のバニラやチョコになるんだろうねー。なるほど、確かにバニラやチョコの座は、一朝一夕には手に入らん。しかしバニラやチョコに相当するものを手に入れた故、表現の幅が狭まる事もあるな。前に話したかも知れないけど、最近は特撮を見て育った世代が施設などの責任者になったから、「戦隊です」「仮面ライダーです」と言えば撮影に際し無理を聞いてくれる場合もあるとか。それはいいんだが、逆に「超星神シリーズです」とか「トミカヒーローです」だと、「なんだこいつ」と思われていたんじゃないかと心配で。いや、超星神シリーズやトミカヒーローに含むところはない。つまり、「ウルトラマン」「仮面ライダー」「スーパー戦隊」と言うバニラやチョコに相当するものを得てしまった特撮ヒーローは、新ヒーローの出る幕がないのではと……。いやいや、オレの思いすごしですかね。

 ところで、オレみたいな……と言うと語弊があるが……者は、下手な鉄砲を撃つしかないのかねえ?いまだバニラやチョコに相当するものを、提示できてない気がするので。オレは相当クセのあるフレーバーを提供している自覚はある、pixivなどで絵が広く見られていない(けど固定ファンはついてる)のが証拠だ。すごくと狭い内輪受けになってるってことだろ、オレの絵やマンガは。このままクセのあるフレーバーでいるか、バニラやチョコに相当するものを出せるまで下手な鉄砲を撃ってやるか……。さて。

ジャンルは違うが、気持ちは分かる

 いやあ、気持ちは分かる。プラモ作りじゃなくて絵の話だけど、「絵を描くのはひとりで描いても楽しい」と「絵描き仲間がもっといたなら」と言う気持ちとがないまぜになって、身悶えすること数知れず。一番身近だった絵描き仲間も、疎遠になり、音信不通になりましたしね。繰り返すが、呉市では絵描き仲間を得られなかった。いや、いた事はいたが、音信不通になった絵描き仲間より縁が薄かったとしか……。あまり思い出したくない話だがな。90年代の呉市内のゲーセンでも、村ハチブ同然だったし。「八分」と漢字で書くと、「火事と葬式の時は捨て置かぬ」となってしまうから、カタカナにしたがな。広島市内のゲーセンと違って、絵を描くゲーマーがいなかったしね。話がそれてしまったが、絵を描いている時の楽しさと、それを共有出来る仲間が今いない*1故の寂しさ……。このギャップがなあ。それもそろそろ埋まりそうではあるが、まだどうなるかわからねえから、今の段階でごちゃごちゃ言いたくねえ。

 絵描き仲間を得られなかったのは、ヤハリ繰り言になるが宗教に引っかかったのがなあ。宗教によって、「絵を描くと悪い事が起きる」と言うジンクスを打破出来たものの、宗教の側はオレが絵を描く事をこころよく思ってなかったみたいだしなあ。そのためどっち付かずの状態になり、絵を描く事に身を入れられなかった上に絵描き仲間も得られなかった。ああ、悔やまれてならない。いや、31年前に、兄貴がオレが同人誌買った事をとがめて、「いっぺん死ね!」とまで言わなければ、自分の趣味を卑下する事はなかったかも知れない。そうすれば宗教に引っかからず、絵を描いていたかも。不幸が玉突き衝突のように起こっているのか、オレがヘタレなだけなのか……。

 pixivなどで絵を見てくれる人や、応援してくれる人はいるんだから、多くを望むべきじゃないのか。あるいはこの寂しさを埋め合わせようとする事こそが、絵に対する向上心のあらわれなのか……。さて。

 しかしなー、かつて2ちゃんねるで、さんざんオレの絵に関して陰口叩かれていたが、それは宗教と絵描きの板挟みよりこたえてはいないんだよな。思い出してげんなりする時もあるが、「悪名は無名に勝る」と言うし。オレが2ちゃんねるに残したのが、悪名じゃなく汚名だったら、バカのはじまりはじまりってとこだが……。あの時すでに齢(よわい)を重ねていたので、対処がしやすかったのか、当時はパソコンを使わなければほぼネットが見られない時期だったので、今のようにのべつまくなしに悪意のシャワーを浴びているわけじゃないと言える状態だったのか……。「2ちゃんねるはよかった」とは言わんぞ、当時と今のネットの差は、ビチグソとゲロのどっちをすするかの選択みたいなもんだからな。いや、2ちゃんねるばかりの話になったが、個人サイトを通じてのやり取りの時代でもあったから、そっちに救われたのかも。いろいろ絵のやり取りもあったしねー。多くの人たちが個人サイトからブログに、そしてmixiに移行し出した頃、親父の面倒を見なきゃならなくなったり、その親父が死んだり、オレが精神を病んだりが重なった時期があって、ネットの情報が自分と乖離したものに見えてから、いろいろ上手く行かなかったな。それは仕方ないとしても、そのためネットで絵を発表する場を、pixivに入るまでほぼ失っていたのが。詳しい話は省くけど。と言うか、余談が長くなりすぎたので、この辺にしよう。

*1:幸い、自分では描かないが見てくれると言う者はいるけど。

好いた好かぬも言えぬ世の中

 オレが表現規制問題で心配していたのは、題名にある「好いた好かぬも言えぬ世の中」になりやしないかと言う事だった。好いた好かぬ関係なしに、「この表現を受け取りなさい!」と押し付けられる世の中……。オレは嫌だと思い表現規制に反対したが、世の中はそんなオレを嘲笑うかのような方向に進んでしまった! がっかりだよ! なにが「まなざし村」だ! なにが「表現の自由戦士」だ! 規制派も反対派も、どいつもこいつもツイッターで痰唾飛ばしてるだけで粋がってやがる。そうじゃねえだろ!? おい! ……と、いくら訴えても、誰も聞いてくれやせんかった。そんな中、日本ではあらゆるもののダウンロード違法化を著作権法改正に盛り込もうとされたり、国連が日本のエロマンガに圧力をかけたのなんのと言う話が出たり! もう、オレの手には負えん……。このままでは「好いた好かぬも言えぬ世の中」が来そうだ。17年前に立ち上がったのは、なんだったんだろう……? 誰か教えてくれ。

 本当は、今日ブログを休むつもりだったが、腹に据えかねた話が出て来て、怒りをぶつける場所がなかったのでブログを書いた。くそっ!

書くの疲れた

 ブログを書くの疲れたので、しばらく休む。うつ状態も酷くてねー。おまけに、この記事を書く途中、昨日書いた話をしばらくそうと気づかず書いていたし。疲れすぎ! ズバリのズは、頭痛のズ。ズ! ズバリのバは、歯痛のハ。バ! 覚えた? ……誰もこんなマイナーなCMソング、覚えてないわよ。それはさておき、またもうつ状態がキツくなって来た……。今の精神状態で、書き物なんざ出来やせん。寝る。

断線、温泉、マンドリン

 今日、断線したACアダプタを買い換えようとしたが、呉のエディオンでは取り扱いがなくメーカーと直談判しなくてはならなくなった。それすらどうなるか分からないのと、うつ状態が酷くなったのとで、帰宅したらメーカーに問い合わせる気力を失った……。

 うつ状態は、呉駅からエディオンに行こうとした時に急に重くなり、歩いて行けなくもない距離をバスで行った位だ。帰りは歩けたものの、今も辛い。持病のせいとは言え、こんな調子ではどうにもならんぞ。ああ、アトラクチブ。これを言うと、不思議に落ち着く。落ち着いたところで、さらに話を。

 この記事の題名は、空元気だった。「空元気でも元気」だとは思ってないのに、なんでこんな事を。それはさておき、10年前のパソコンの部品なんて入手出来るかどうかあやしいと言う不安が、うつ状態を悪化させたんでしょうなあ。落ち着くまで電話出来へん。ちゃん、ボンカレーあらへん。……キチンと落ち着いてはいないが、冗談書けるくらいには気持ちが回復したのか、苦しさがすぎて冗談を書いたのか分からんけど、つい。しかしなー、次から次に逆境がおそって来て、辛い……。目眩もして来たので、この辺で。