昔、亡き友惟任さんの生前、彼に石堂淑朗の「気違いは抹殺されなければならない」と言う言葉をきっかけにして話をしようとしたら「仮にも表現の自由を守ろうとする者*1が、抹殺なんて言葉を使うな!」と、キレられた事が。「オレが言ってるわけじゃなく、そう言ってる者がいるって話で……」と、返しても「それでも、使うな!」ですと。何も言う気がなくなり、話は続かなかったが、これって言葉狩りの最たるものじゃないかなあ? 惟任さんは、彼が気に入らない言葉を使うなと、圧力をかけたわけで……。こう言うところから、言論は萎縮し続けたのかも知れない。
一方オレ自身も、惟任さんの強弁に負け続けた悔しさなどから、最近は人にものを言う気力が全然なくなっちまった……。悲しいね。それは絵を描くのにも悪影響があるし、甚だしきは、生きる気力にも……。ぞっとする話だ。話を戻すが、惟任さんも「抹殺」なんて使うなじゃなく「そんな話、聞きたくない」と言っていれば、オレも20年近くぐずぐず言う事もなかったのになあ。オレがあまりに悲観的な見方しかしてないとは言え、言い方があるだろうにレッドローニン。
ただ、言葉は犬以上にほっといたら人を噛むから、使いどころがあるのは否定できん。それにしてもなあ……、惟任さんのあれはなあ……。