走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

「選んだ孤独はよい孤独」再考

a-katu.hatenablog.com

 上記記事で、「選んだ孤独はよい孤独」と言う言葉について、あんにゃらもんにゃら言っていたが、もう一回考えてみようと思う。と言うのも、オレが選んだ孤独も間違いなくあったからだ。ゲームしてる時や絵を描いている時、いきおいひとりでやらにゃならんからな。それらを楽しんでいるのは、「選んだ孤独」であろうと……。それはオレを、確実に救っていたような。あと、ゲーム誌などの読者投稿のイラストを見ている時な。しかるに! 兄貴がイラストを見ている事に否定的だったのは、オレを苦しめ、のちに宗教に走らせ、いらん苦労を……。兄貴に限らず、「選んだ孤独」を許さない奴はいる。「まだゲームしてるの?」と言う惹句とともに、不気味な笑顔の群れを写したポスターを作った埼玉県の連中とかな。「みんなで仲良く外で遊ぼう」と言う「教室の正義」では、救われない者もいるんだ! オレみたいにな。「みんなで仲良く」と言うのが実は曲者で、「仲良くしてやってるだろ?」と言う体で、人を支配する事もあるのだ。オレも何度も遭った……。それがいやさに孤独を選んだ側面は、確かにある。

 「じゃあ、なんで時折、孤独に耐えられんと泣き言言ってたんじゃ!?」とのツッコミは入りそうだが、「そこだよ、そこ!」と『いだてん』の嘉納治五郎のように返させていただく。「選んだ孤独」でつちかった物を人に分け与えたくなったり、それとは別に恋愛など人間関係を上手く構築出来なかった事のツケが回って来たように感じられたりして。「選んだ孤独はよい孤独」かも知れんが、望まない孤独や孤立は、辛いのよ……。