走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

選んだ孤独はよい孤独

 フランスに、題名に書いたことわざがあると聞いた。しかしだな、オレの味わった孤独はよい孤独とは言えないし、別に選択して孤独になったわけじゃ……。どうやっても周りと噛み合わなかったり、人に心を開く術をなかなか見いだせなかったり、家族に見捨てられたり、宗教に引っかかったり、ロクに働けなかったり……。書いてて悲しくなってきたが、選択して孤独になったとは言いがたいのだ! 孤独でいた時間が長すぎて対人恐怖症めいた症状まで出てるんだ、それがよい孤独か? ちくしょう。

 選んだ孤独と言うより、人間関係を上手く築く事が出来ないでいたら、ちょっと抜き差しならない事になりつつある類いの孤独のような。人生で酷い目に遭って、心を開きにくくなってたら、今やあまりにもあまりにも人間関係が希薄でなあ……。それだけでもいやになるし、ましてや将来なんて考えた日にゃあ……。こんな気持ちを抱えている者は、今の日本にどれだけいるんだろうか? いくらいても巧妙に分断されているかと思うと、あ~あとなって、おかしかった。くすっ。

 あらためて言うが、選択して孤独になったわけじゃない。中学時代、卑屈になってまで同級生に交わろうとは思わなかったが、趣味の話が出来る相手くらいは欲しかった。しかし母親の「あなたの考えは世間で通用しないんだから、誰にもしゃべるな」と言う呪いの言葉を真に受けたばっかりに、他人に心を開く術を手に出来なかった。だから人づきあいのチャンスは、1989年の年末からゲーセン通いをするようになるまで待たねばならなかった。嗚呼。あっただけマシとも言えるが、それからも人間関係には苦労した……。トホホ。

 人間関係で酷い目に遭って来たせいか、どうにも孤独と言うものの取り扱いに悩んでいる。最近は他人と話している時に不安や恐怖が襲って来て、話すのが苦痛になりつつあるし。こうして文章を書くのは、それほどでもないんだが。

 と、ここまで書いていて、オレを取り巻く環境があまりに酷すぎて、孤独にならざるを得なかったのではと。それは最初の方にも書いたけどな。どう生きればよかったのか? 環境が悪すぎたので、個人の努力ではどうにもならなかった側面はあるが、オレだってこんなみじめな人生いやだったよ。どうにか出来るもんならしたかった! ことごとく上手く行かんかったがな。