走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

言論・表現の自由を尊ぶ者のジレンマ

 ……。この記事は題名の通り、「言論・表現の自由を尊ぶ者」が抱えているジレンマについて書くつもりだったが、上手くまとまらない。「命にかかわるようなニセ医学や悪質なヘイトスピーチ」とか「詐欺行為」に対し、言論・表現の自由を尊ぶ者はどう対処すべきかとか、事前にニセ医学やら詐欺やらが分かるケースは意外と多くないんじゃないかとか、いろいろ考えたが、持病の悪化で上手くまとまらないし、何より言論・表現の自由を憎んでいる連中の横槍をどうするかで頭を痛めていたら、このテーマは非常に難しいんじゃなかろうかと……。

 横槍うんぬんに関しては、オレが受けたわけじゃないが、ツイッターを見ているとなあ……。それはさておき「命にかかわるような話」をどう見抜くか、事前に把握出来るのかと言う問題は、言論・表現の自由を尊ぶ場合は悩ましいのよ。検閲になったらまずいし、下手したら韓国での一部の海外サイトしめ出しみたいになる。あれ、とうとうしめ出された海外サイトへのアクセス方法を調べられないよう、「http」と言う単語すら検索出来なくしたって話だぜ。なんてこった。対岸の火事じゃねえぞ、こりゃあ……。日本でも、ブロッキングをやりたがる連中多いし。

 ……と、書いていたら、いろいろ状況が流動化して、「言論・表現の自由を尊ぶ者」としては悩ましい話がどんどんと。本来はもう少しブログを休む予定だったが、今の段階で言わなければならないかも知れないと思い、急きょ記事を上げる事にした。

 こんな事言うとなんだが、ひょっとして世界的に自由を謳歌出来る時代は終わったんじゃないのか? と、不安でなあ。世界規模で同時に統制がはじまっていて、世界中のネットに壁が張り巡らされそうな気がするのよ……。その世界規模での統制も終わる日が来るんだろうけど、オレにはいつの事やら分からない。だいたい、これがオレの杞憂でない保証もないし。しかし、各国で起きているネットに対する規制の動きは、無視出来ん気がするのだ。今のオレには、どうする事も出来んがな。

くわーっ、ちょい!

 題名を無意味なものにすれば、肩のこらない話が書けるかと思ったが、そうでもないな。

 それはそうと、ある意見に異を唱えたら「自分の意見を言って、何が悪い」とか言われて黙らされる時があるが、個人が意見を言う事は否定しておらず、その意見の中身や是非を問おうとしている場合には意味がない言葉ではあるな。日本は、こう言う論旨のすり替えが多すぎ! これじゃ、議論やディベートが出来る者が育つわけがない。それが、今の体たらくを招いているような気がする。いや、「意見を言う」資格がある者とない者を話者がジャッジするため、「自分の意見を言って、何が悪い」と言う言葉は使われるのかも知れない……。嗚呼。

 「自分の意見を言って、何が悪い」に類似した言葉に、「それは、その人の意見だから」と言うのもある。いや、だから意見を持つ事をどうこう言うんじゃなくて、中身を問うているんだってば。繰り返すが、「自分の意見を言って、何が悪い」とか「それは、その人の意見だから」とか言って意見の中身を問うのをいやがっていては、意見交換なぞ出来やしない。それでいいんか、本当に。

また、思い出しちまった……



 この一連のツイートで、また思い出した。30年前の秋か冬の頃、うちで絵の練習をしているのを見た兄貴が一言、「お前がロリコンだと言う事は、よくわかった」と言った事を。30年前、宮崎勤の逮捕からそんなに時間が経ってない時期にロリコン扱いと言う事は、「お前なんか人間じゃない」と言われたに等しい……。嗚呼。

 マー、宮崎勤逮捕からのマス・ヒステリーやモラルパニックに反発したのが、絵を描く一因でもあったのだけどね。しかしなー、その前に宗教に走ったせいで、当時と、その前後の精神状態、ぐちゃぐちゃでしたよ。実際、オレが引っかかった宗教からは精神病患者がやたらに出たし。それでもその宗教は、信者が精神科を受診する事を教団としてなかなか認めなかったし、歴史をさかのぼれば、今問題になっている反ワクチンを唱えていたり……。書いててヘドが出そうだな。一番むかつくのは、そんな教団に救いを求めたオレ自身に対してだが。話を戻そう、最初に引用したツイートにあるように、男子って絵を描くといろいろ言われますよね。いいから好きな絵を描かせてくれよ、絵を描いてあんたらに迷惑かけたか? 誰だよあんたらって。とりあえずファミ通と言う事にしとこう、奴らの悪行を考えると、ちょうどいい。ホントにファミ通と来たら、「アニメ絵」をおとしめるためにさんざん悪態つきやがって。一方で洋ゲーの写実的な絵は、下にも置かぬ扱い。このせいで、オレの引っかかった宗教がアメリカ発祥のものだったのとあわせて、ツープラトン攻撃を食らったようなもんだったよ! 「アニメ絵」を描く事は罪なのではないかと、いらん苦悩をしたわい! どこにこの怒りをぶつけてくれよう……、オレがその宗教をいくらdisっても、奴らの中枢が壊滅するわけではなし……。嗚呼。

 上記ツイートの3番目と照らしあわせば分かるように、ファミ通のやった事は相当みみっちい。しかしタイミングや環境により、オレが受けたくらいのダメージは与える事が出来る。特に宗教とのツープラトンがなあ……。まったく、いらん事を次々に思い出しちまったぜ。オレは自由に絵を描きたいだけなのに~! ……今は宗教もファミ通も関係ないだろうって? 確かにそうなんだが、30年前からこっちの古傷が疼いたのよ。上記ツイートを見た時に。この辺、誰にも理解されない。されなければされないでいいと思っていたが、上記ツイートにより、オレひとりの問題ではなかったと思えるように。ツイ主さん、ありがとう……。

うおお……

 楽しい事にアクセスし楽しむには、それなりに体力がいる。今、その体力がない。なんかこう、面白そうな話に首を突っ込む気になれんし、絵の練習がてら入ったファミレスでも、しばらく動けなかったし。


 確かに、面白い事が負担になると言うのは分かる。オレもそんな感じだし。こんな状態で作品作りをしょうと思ったら、「意図して山も落ちも鬱も意味も削ぎ落とす」しかないのかもな。それはいいとして、こうして文章を書くのもしんどい。今日はこの辺にしとく。

ちょっと題を決めかねてる


 「人間そんな失敗や努力ばかり観て楽しいのか」と言うのは、気持ちは分かる。『いだてん』で、ストックホルムオリンピックで無念の思いをした金栗四三が主人公に抜擢されたのを評価しているオレが言うこっちゃないが。しかしみんな、人の失敗や不幸に食いつきすぎ。ニュースだってそうだ、どいつもこいつも人の不幸に食いつき、追い討ちをかけるようにツイッターやヤフーのコメントで好き勝手言いやがって。話を戻そう、たまには胸のすくような成功の話を観たくなるのも人情だ。オレだってそんな話描きたいわ、しかし描けない。どこかで話に起伏をつけたいとか、欲が出るので。と言うか、エロマンガ以外何描いても、文句言われてるような。マー、エロマンガも性交に成功すれば御の字ではあるが……って、つまらんシャレを言ってしまった。いや待て、自分の作品に一番文句言ってるのはオレや! 人物の絵が歪んでるの、トーンが足りないのと……。描かなきゃ誰にも分からんのだから、完成させろよオレ。

 また、話が脱線しちまった……。オレは異世界転生ものをまず読んだ事がない、異世界に行ったきり帰って来れないと言う不安*1が怖くて。人生を完全に仕切り直して成功すると言うのが異世界転生ものの醍醐味かも知れんが、オレがそこに乗り切れないのは前述の不安からだろう。もうちょっとフィクションをフィクションとして楽しめんものかと、我ながらそう思う。最初に引用したツイートに出て来る、『26世紀青年』みたいな能天気極まる話は興味あるが。話がまた堂々めぐりになりそうなんであまり言いたくないが、一度これくらい能天気な成功話を描きたいもんだ。……と、書いたあと、急激に落胆してしまった。これ以上この記事を書く事は出来そうにないので、この辺で。

*1:異世界転生ものとはニュアンスが違うが、『聖戦士ダンバイン』の序盤にも似たような不安を感じていた。

心のエンジンあがったり

 どうもいろいろ考えてみたが、今のオレは題名のごとしで、なんともパッとしない。心のエンジンがあがったりでは、何かをやろうにも出来るわきゃない。以前からこれをどうにかしなければならなかったが、放置していてえらい事に。そりゃ、薬は飲んでましたよ。しかしあまりに無理をしすぎた、十数年前よりは楽になっているところはあるが、この数年でうつ状態が酷くなってしまったのがなあ。

 心のエンジンのオーバーホールが必要かもな、これは。いろいろ限界なんじゃい! とりあえず気晴らしに、少しずつ録りためた番組を見るか。『平成ネット史(仮)』は、番組内の宇野常寛にツッコミ入れまくりで見てたけどな。モー、あいつは揚げ足取りみたいな事ばっかり言ってたの。いろいろよくない噂も聞いてるしなあ、宇野については。こないだ医療費についておかしな事を言ってた落合陽一は、単なる懐古厨と化していたし。これを書いている時点では前編だけしか見てないから、後編でどうなるかは分からんけど。しかし宇野と言い落合陽一と言い、オレが全力でぶん殴っても泣きそうなくらい線の細い奴だったな。同じく『平成ネット史(仮)』に出ていたホリエモンには、釘バットのひとつでも持ってないと勝てんだろうけど。……いかん、ツイッターでは言えなさそうな方向に話が行く。だいたい彼らとタマ(命)の取り合いをしなきゃならないほど、追い詰められてもいないのに。心のエンジンがあがったりの癖に、こんな事ばっかり考えているんだから、オレと言う人間も始末が悪い。なんとか暴力の扉を閉じていないと、ただの粗暴なバカじゃねえか。

ハッキリ言って、書きすぎた

 このブログ、はてなブログに移行してから、記事を書きすぎた。スマホからだと過去ログの参照がしんどい*1し、あまりに書きすぎて言った事を覚えていられない。少し書く量をセーブしよう、長文が頭に浮かばない事でもあるし。

 大量に記事を書いたのは、話し相手が身近におらんからなんだよな。いれば書く量は減っていたと思う、確実に。それに、最近のこのブログ、わりと似通った話ばかりだしなあ。オレの過去に納得出来てないから、ついついそれを吐露しちまうんだが。

 ……と、書いたはいいが、これ以上話が続かないので、この辺で。

*1:パソコン版と違い、月ごとの過去ログの参照が出来ないので。

メソッドとしてがばがば

 下記の記事がGoogleから検索されているようなので、一言。

a-katu.hatenablog.com

 ハッキリ言って、「自分の意志で、脱いでます」うんぬんは、メソッドとしてがばがばなため使い物にならないと思い、自分を笑い飛ばすネタにしたのだ。皆さん、決して本気にしないように! ……もう遅いかも知れんが、一応。

 しかし最近は、迂闊に下手な事言えんな。こっちの思惑を外れて言葉がネットでひとり歩きして、最悪炎上だもんなー。マー、ある種の同調圧力を広めたい者にとっては、いい時代なんだろうが。だからそれが腹立たしいんだっての!

 ……ダメだ、これを書いている時点では頭が上手く働かない。文章は上手くつながらないやら、論点はぼやけっぱなしになるやら。また、沈黙しようかしら……。

親兄弟が与えてくれなかったもの

 31年前、ゲーム誌の読者欄に投稿されたいろんなイラストは、オレに慰めを与えてくれた。喜びを与えてくれた。親兄弟は、そんなもん与えてくれんかったが。だからオレは、今でも絵にこだわっているのかも知れない。かつて自分に与えられた慰めを、喜びを、この手で再現し、他の人にまた与えたくて。しかしそれが出来ているかどうか、イマイチ自信ないと思っていたが、そうでもなかったようだ。少しずつ、人様に喜んでもらえているようだからな。

 それはいいんだが、絵を描くようになる前に宗教に走った時の古傷が、今もうずくんだよ。それが創作の足を引っ張る時があるんだよ! オレがいまだに「宗教に引っかかって、損した損した」とぼやくのは、このせいだ。だいたい、オレが勧誘された時から31年も経っているのに、ハルマゲドンなんか起きやせんやんけ! こうなると分かっていれば、最初から宗教に引っかからんで済んだものを……。別の宗教に引っかかっていた可能性もあったか、ダメじゃん! と言うか、親兄弟に支配されていたため、誰かに支配されやすい人格になってたんでしょうなあ……。全くオレの人生、ロクでもない事が多いぜ。マー、支配うんぬんは別の機会に話すとして、話を絵に戻そう。と、書いたところで、オレの絵がツイッターで見てもらえ出した手応えが。描いてみるもんだね。それはいいんだが、絵はpixivで発表した方がいいのか、コツコツとツイッターで発表した方がいいのか、分からなくなって来た。固定ファンはどちらにもいるけど……。マー、見てくれた人に、かつてオレが先達のイラストから受けた慰めや喜びと同じものが、ちょっとでも伝わればええ。