走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

負次郎氏のコメントから

a-katu.hatenablog.com

 上記記事の負次郎氏のコメントの一番目を、下記に引用する。

元々氏の呟きはあたかもゲーセン文化とシンナー中毒のヤンキーが無関係みたいに捉えるバズへの異議申し立てから始まってるので、健全化が進みオタクの溜まり場…克森さんが絵クラスタと交流を持った場に進化した事はわざわざ書いてないだけだと思いますよ。「ゲーセンがオタクの社交場(だった)」は前提で、それ以前を無かった事にするな、と。 他の氏の返信等から。「86年のゲーメスト創刊、87年のダライアスR-TYPEの登場でシューティングゲームのスコア争いが過熱からガチゲーム人口の増加とゲーセン自体の健全化志向が重なってヤンキーの溜まり場とは言い難くなってきたのが80年代末」と大雑把にまとめると、90年代中頃の対戦ゲームブームまでの「オタクの社交場」時代の黎明期…なんでしょうね。 他のアカウントの呟きだと「ゲーメスト編集部は読者間の意見のやり取りを活発化させようとアニメ絵叩きは放置してた」「いや単に煽る事で部数の伸びを狙ってただけだった」「アニメ絵投稿も大量に載せてたし特に編集部が美少女絵に忌避感情を持ってたとは思えない」「少なくともファミ通ゲーム脳等に反論とかしてない」「良くも悪くも同人誌ノリ」「ゲーム業界、ゲームの未来はどうあるべきかといった社会派な投稿もよく載せてた」とまぁ、群盲象を撫でる有様ですね。 先の「ゲーセン健全化・オタクの社交場化」にゲーメストが果たした役割は小さくは無いと思うんですよね。アニメファン等他の趣味クラスタからの相互乗り入れを加速化させたのは事実で。そこを評価するか、「でもうちの本分はゲームだからアニメファン目線の投稿ばかりも困る」と線引きした事をもって反発するか。俺は「許そう、しかし忘れない」をおすすめしますが。現に今回のバズで当時の業界誌の功罪の「罪」を忘れていない人々が観測できた、無かった事にはできないと確認できたのは大きいんじゃないでしょうか。

ああ、ややこしい~♪ - 走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

 本来はコメント返しでレスするはずが、忙しいので体力が落ちてるため、ブログ記事として仕切り直しをする事にした。とは言え、コピペして気づいたが1000文字近くの分量のコメントは、どこから手を付ければいいものか。とりあえず、負次郎氏と事のはじめのツイッターにおける「すくすく。」氏の言う「かつて、ゲーセンは悪所だった」と言う点は踏まえて、オレは最初に引用した記事を書いたつもりだったとは言っておく。それを説明しきれなかった自分の不明を、まずは恥じる。んで、ゲーメストの話に入る。ゲーメストの読者欄は、初代担当者は良かったんだが、二代目担当から「悪ノリ」「悪ふざけ」が酷くて……。そのため二代目以降が「アニメ絵」攻撃を「冗談のつもりで」やっていた気はしないでもない。繰り言だが「悪意ある事を、なんでも冗談で済ませようとするな」とは思うけど。また、負次郎氏の言う「許そう、しかし忘れない」だが、版元の経営上の失敗が原因とは言え廃刊した雑誌を恨んでもなとは思っている。

 あと、確かに「ゲーセン健全化・オタクの社交場化」におけるゲーメストの役割は小さくないと、オレも思う。ちょうど当時は「攻略系」ゲーム同人誌から輩出されたゲーム誌のライターがゲーメスト以外でも活躍していた*1り、ゲーセンの交流ノートにも繋がる「ゲームキャラの二次創作を描く人」はファンロードにも集っていたりと、ゲーメストのそう言う方向性を尻押しする要素は沢山あった。この辺の動きを、キチンと文章に出来る者はまずいまいが。史料を持ってないなどで、オレも出来んし。と言うか、ゲームの歴史も混沌としているのに、あの頃のカンブリア爆発みたいな動きを正確かつ克明に書けますかい……。ただ、ゲーメストに先んじたパソコン誌とアーケードゲームの関係が、ゲーセン健全化とオタクの社交場化の下地になった気はしている。そこを詳述しようにも、あいにく筆力はない。ただ、往年の『I/O』や『マイコンBASICマガジン』あたりの誌面に、それは見いだせるとしか。マー、パソコンを理解していじれる学生・生徒は、当時は相当のインテリだったからねー。

 それにしても、オレは80年代末のゲーセン健全化の波に乗れたのもあってか、どうにもゲームもゲーセンも悪く言えねえ。そりゃ、いい事ばかりあったわけじゃないが、トータルで「まあ、いいんじゃない?」みたいには位置づけている。「許そう、しかし忘れない」ってのは、こう言う事かも知れない。

 とか言いつつ、事の起こりの「すくすく。」氏が言及していた『BEEP*2については忘れてる事が多いのと、あの雑誌の煽り方もたいがいだったんで言及はしてない。いいところもあるんだけどね。遠藤雅伸氏と、みうらじゅん氏と言う、異色顔合わせの対談とか。遠藤氏がそこでいい事言ってるのよ。「ファミコンが原因で勉強しない子は、ファミコンがなくても勉強しません!」とか「自分が面白いと思えないゲームが、他人が面白く思うわけはない」とか……。

 ……負次郎さん、こんなもんでいい? とか書いていたら、ゲーメスト草創期のメンバーによるYouTubeチャンネル開設の報が。なんてこったいオリーブ。オレの言った事が思い込みでしかないと言う証言が、出てくるかも知れないからな。証言と言えば、こんな話も。

 ゲームがオタクにどう認知されて行ったかの、一証言ではあります。

*1:ベーマガには、のちにベントスタッフを立ち上げる山下章氏がいたし、ログイン・ファミ通にはポケモンを世に出す田尻智氏がいたし。

*2:と、その後継たるいくつかのゲーム誌。