オレがしょっちゅう「客観的な状況」と言ってるのは、亡き友惟任さんが関係している。生前彼の楽観的な態度に、「客観的な状況が絶対に変化しない前提なら、それも通るだろうぜ! しかし、現実はそうじゃないだろう? 根拠のない楽観は、現実が悪くなると役に立たないんだからな」くらい言い返していればよかったと後悔したら、彼の言っていた「大局」は「客観的な状況」に置き換えた方がよさげな気がして。だいたい、惟任さんにしてからが大局にのっとって動いていたわけではなく、表現規制に関しては根拠のない楽観論ばかり口にしていたような。
繰り返すが、根拠のない楽観は、現実が悪くなると詰む。オレがそうだった。いくら「これ以上悪い事は起きない。いい事が起きるんだ」と思っても、状況は悪くなって……。だからオレは、根拠のない楽観に基づいて動くのは怖い! 前に、いがらしみきおの「根拠のない自信と確信で私たちは成り立っている」みたいな言葉を好意的に紹介したが、それとこれとは違うわよ。その違いについては割愛するけど。話を戻して、根拠のない楽観ではなく、根拠のある希望が欲しいと思う。と、書いてこの記事終わりにする。話の広げようがない。