走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

希望を語る言葉が信用出来ない

 赤旗日曜版を取ってる事は何度か話したが、共産党には入党していない。勧誘パンフレットの言葉が、宗教臭かった……と思っていたが、向こうは希望の持てるような事を言っていただけで、それを宗教と一蹴する自分に問題がありそうで。そうは思ったが、いまだ入党する気はないけど。それに本題は共産党ではない、題名にも書いたオレ自身の「希望を語る言葉」への不信感だ。不信感と言うと大げさかも知れんが、長年希望をキチンと持ちえなかったしねー。その逡巡は、下記記事にも書いたけど。

a-katu.hatenablog.com

 と言うか、もとより希望を持ちえるような人生じゃなく、家族にささやかな希望を粉々にすり潰され、その後もいろいろあったのがこたえているんだ。だから共産党のパンフレットの言葉も遠く……。だからと言って「早めに絶望した方が楽に生きられる」なんて言わんぞ、絶望したとて全然楽じゃなかったんだからな。「早めに絶望した方が楽に生きられる」だなんて、学習性無力感を抱えて生きろと言うようなもんだ。冗談ではない! 学習性無力感のせいで、希望を語る言葉への信頼が築けなかったんだし……。

 しかしなー、小学校にも上がってない頃のいたいけな幼児だったオレに「うちはもうすぐ、離散するんよ」と言った親父もどうかしてる。離散の意味を聞いてショックを受け「ぼくはどうなるの!」と聞いたら、親父は「知らん」ですからね。こんな風に育って、希望を持ちえるものか! このっ! 「家族にささやかな希望を粉々にすり潰され」と書いたとおり、他の家族にも酷い事言われたんだが、それは書く気になれない。もうゲップが出そうで。こうして積み上げられた絶望の果てに、共産党に入党までは行かずとも尻押しをする気になったんだが、それは言うまい。ひるおびの八代英輝みたいな奴に、横槍をされんとは限らんからな。