走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

バーバラ・イーデン、ぽぽぽぽん

 だから頭に浮かんだ謎フレーズを、何の考えもなしに書くのはやめろと。それはさておき、オレはもうオナニーも出来ん身体だ。いくらしごいても気持ちよくならねえ。枯れるには早すぎる年だが、あきらめるしかないかもな……。最近になって、性的な事に対しあきらめがつくようになったのは、身体が衰えて来て「もう、若い頃のようにはいかんぞ」と、サインを送っているのかも知れない。40代後半にしては若作りなオレも、身体の内側は年相応に衰えていたのね。だからこの前、あきらめて「勉強の虫」にでもなろうかと思ったわけよ。読書も苦痛じゃないしなあ。

 そんなこんなで、最近はパオロ・マッツァリーノさんの『歴史の「普通」ってなんですか?』を読むのを再開している。新書だが、示唆に富む内容なんで。その中で、むかしの東京の祭りは神輿より山車がメインだったが、スポンサーがつかなくなって山車は廃れたと言う説が紹介されていた。そう言えば、別冊太陽の『宮武外骨』の50ページに外骨が出した雑誌のひとつ『教育画報ハート』から「大達磨の山車」と言う図が載っていた。「岩手県八幡宮の祭礼にひき出すもの」だそうだが、結構でかい。調べてみたら、岩手県の盛岡山車の事かも知れん。青森のねぶたとか、東北の祭りには大きい人形山車が盛んなのに東京で山車が廃れたのは、資金不足もあろうが都市開発で大きい山車を通す道が少なくなったからかも。……オナニー出来んのなんののあとに、言う話でもないか。とか書いていたら、すっげえだるくなって来た。この話はここまで。