走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

オレのマンガ道疾風怒涛編その8

a-katu.hatenablog.com

 長い間絵やマンガを描いてはいたが、絵ならオレの絵を見たい人、マンガなら読みたい人の事をてんで考えてなかったような。そうなったのも、世間のDQNのせいだ! くおお。別に人のせいにしたいわけじゃなく、描く事と描き続ける事、そして描き上げる事で次に繋げる事……。それらのために繋がるべき人間になかなか繋がれず、世間のDQNに足を引っ張られたので、恨み言だって出ますよ。絵やマンガを描くのも、意外と人付き合いに左右されるからな。いわゆる「トキワ荘グループ」がマンガ家として大成したのも、それぞれが影響しあったのもあると、みなもと太郎も言っていたことだし。マー、一方でみなもとに対し「誰もデビュー出来なかったトキワ荘もあったんですよ……」と言った方もいたそうだけど。

 話を少し戻して。読者がいなければマンガ家は続かないし、描くのも人伝手が必要*1だ。描くのは自分自身とは言え、心底孤独な者にはつとまらないのかも知れない。マンガ系の絵もマンガも、ある意味コミュニケーションだったんだな……。「上手くなってから描く」が成立しないのも、無理もない。人目に晒されないと、上手くなるものも上手くならん! してみると絵描きマンガ家は、相当こじらせた露出狂なのかも知れない。人聞きの悪い言い方で申し訳ないが、恥や外聞を捨てて描いた絵やマンガを見せなければ、話にならないからな……。

 こんな話をするのは、オレが「恥を晒す勇気」に欠けていた傾きがあった気がしたのも大きい。それも「見たい人」「読みたい人」を想定出来ない一因だし。世間のDQNがオレの作品を発表するのを妨害し、それに苦しんだ方がより大きいけど。絵を破かれ、ゲーセンの交流ノートに貼るのを妨害され、2ちゃんねるなどでボロクソに言われ……。他にもあるが、辛くならない範囲で言えるのは、ここまでだ。こんな目に遭ったので、前述の「恥を晒す勇気」も育たなかったとも言えるが……。

 さて、それではどうやって「見たい人」「読みたい人」を探せばいいのか。正直、それを自分でやるのって、めちゃめちゃきついんだよ。商業マンガ誌は、編集者がある程度やってくれるけどな……。今のオレは在庫管理が出来ないため、電子書籍しか出せないけど、それだけ不利なんだよな。何がどう不利かは別の機会に……。

(続く)

*1:それが証拠に、ほとんどのマンガ家は先人の足跡をたどって描いているではないか。