走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

今より「幸せになりたい」と強く思っていた頃

 今より状況が悪い1988年に、自殺と言う最悪の選択をしなかったのは、題名にも書いたけど「幸せになりたい」と強く思ってもいたからなんだろう。親父に「死ぬんなら、勝手に死ね!」と罵倒されて以来、生きてやろうと思ったのもあったが……。果たして、それらの思いは必要だったのかと言う疑問が、今出て来ているんだけど。親父に罵倒されてすぐ、死んでいればよかったかと言う絶望がきつくて。ひとりでいると、いつもこうだ。自分の人生が無価値なものに思えて、死にたくなってしまう。あるいは、自分の求めた幸せはどうやっても得られないと言う諦念が、生きる事をあきらめさせているのか。どっちにしても、ぞっとする話だ。

 自分の人生が無価値だと思うのも、自分の求めた幸せはどうやっても得られないと言う諦念も、結局は親父が植え付けた価値観で自分を計るから生まれるんだが、なかなか振り払えない。親父に絵を描く事を見切りをつけろと何度も言われて、反論も出来ずあきらめきれもせず、苦しんでいた時期がまだこたえて。……と、書いて放置したあと、絵を描いてから勉強したら、だいぶ落ち着いた。親父が死んで14年も経つんだから、自分の好きな事やればよろしいがな。あわや親父の植え付けた価値観で、自分の命を絶つところだった……。あー、危なかった。