走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

新Mr.BOO! キュビズム大将

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 上図のサイコロは、以前ラジオのNHK第1でやってる『高橋源一郎の飛ぶ教室』で出た宿題「サイコロをリアルに描いてください」と言うのに参加して描いたものだ。その回の2コマ目の先生である『13歳からのアート思考』と言う本の作者による答え合わせが曲者で、上図のように描けば確かに「見えている面」はリアルかも知れないが、この描き方だと「見えてない面」はどうなってるか分からないではないかと指摘された。答え合わせに前後して、ピカソの『アヴィニヨンの娘たち』の話をしていて「ああ、すべての面を一枚に収める事から、ピカソキュビズムにたどり着いたんだな」と、オレは得心した。してみると、リアリズムってなんなんだろうな? 「見えてる物を写実的に描く」だけがそうじゃないのかも知れないな……。と、考えた金曜の夜。

 ところで、下記記事で「アートは横断・越境する」と書いたのは、前から漠然と思っていた事を前述の番組で再確認したからだ。

a-katu.hatenablog.com

 この「アートの横断・越境」は今や止めようがないし、無理くり止めようとすれば弊害百出の修羅道が待っていそうで。だがオレには、この先待ち受けている世界が相当グロテスクなものになりそうで怖いから、「アートの横断・越境」も雲行きがあやしく見えてなあ。詳述はしない、すると炎上しそうで。それでも簡単に言うと、上記記事でも触れたゴーギャン作品を美術館から排除しようとする動きが一例としか。それに覚えた違和感・危機感を、どう言語化すればいいか分からんまま時が過ぎたら、コロナウイルスですよ。これによる「ヒト・モノ・カネ」の分断の影で、他のいろんな分断も進んでそうで。「アートの横断・越境」に対してもそうだ。絵描きの端くれであるオレとしては、前述の危機感が増すばかり……。と言う話で〆ると寝起きの悪い思いをしそうなんで、今回の題名について。最初に挙げたサイコロを描いている時、『Mr.BOO! ギャンブル大将』*1のゴールデン洋画劇場放送時のCMが頭をよぎったから、つい。

*1:最初書いた時は『新Mr.BOO!』だと思いそう書いてしまったが、調べてみれば違っていたので本文修正。タイトルは修正しない事にした……。トホホ。