TERFを見ていてフェミニズムがなんなのかわからなくなった。
— 小渕花梨 (@Karin_Obuchi) 2019年6月27日
フェミニズムが男女同権、男女平等のための思想であると思って支持してきた。でも今の日本のフェミニズムの惨状を見て、これを支持するわけにはいかない。
フェミニズムをミサンドリーとミソジニーに奪われている。
ただ強者の側から暴力を振るいたかっただけの人たちが、その口実のためにフェミニズムを使っている。このまま名前を奪われたら本来のフェミニズムも死んでしまうと思う。本当にフェミニズムが必要ない世界になる前に。
— 小渕花梨 (@Karin_Obuchi) 2019年6月27日
「フェミニズム」に限らず、「多様性」や「ジェンダー」も自分たちへの同調圧力を正当化する言葉にされてやしないかと危惧していたが、上記ツイートで「やっぱりこうなったか~」と言う気持ちに。そういや万歳岬(id:banzaic)さんがコメント欄で「多様性」も「ジェンダー」も「フェミニズム」も、広告代理店に簒奪(さんだつ)されたかのように言っていたけど、どう言う事なんかな? 上記ツイートなどと、関係しているのか? 広告代理店の暗躍以前に、自分たちへの同調圧力の正当化に使われているところが気になるが。
しかしねえ、上記ツイートで言われている話に限らず、ツイッターでの「フェミニスト」の暴走の話を聞く度にげんなりする。流石のオレも、引用するのがはばかられるツイートを見た事あるし。だから「フェミニズム」と言う言葉が、自分たちへの同調圧力を正当化する言葉になったんではと。それで人は、幸せになれるんでしょうか? オレからは、否だと言わせてもらうが。オレはマトモに話を聞いてくれる相手が少ないから、同調圧力をしかけてもなと思っていたが、このまま残酷な人間社会に蹂躙されるしかないなら、いちかばちか仕掛けるしかないかもな。いや、今のオレにそんな力はない。「世の中に変えられない」ようにするため、突っ張るのが精一杯ですよ。それすらもいつまで続けられるか……。やらなければ、もっと酷い目に遭うんだけどね。