走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

マンガイラストを描きたいと、言えなかったばっかりに

 中学時代、ホビージャパンファンロードに載っていた読者投稿のイラストを見て、「オレもこう言う絵を描いてみたい」と漠然と思っていたのを思い出した。しかしそう言う絵を描いている仲間に巡り会えもしなければ、学校の美術で教えている絵とは毛色が違うのは肌で感じていたため、教師に話す事も出来ん。誰にこの話をするでもなく、悶々としていたばっかりに、のちにいろいろこじらせてしもうた……。当時ためしに描いたら、兄貴にバカにされたしよぉー! その点、今の若い奴は幸せ……でもないな。ネットは、神と称される絵師と同列で勝負しろと言われているようなところあるし。それでも、マンガイラストの教本は潤沢にあるやら、同好の士と繋がるチャンスも多いやら。オレの中学時代とは、えらい違いや。

 さんざん、このブログ中の「オレのマンガ道」シリーズなどに書いたように、オレは微妙に孤独だったため、絵描きのスタートを切るのが遅れた。もしかしたら、最初からスタートしてなかったのかも知れないとさえ、この記事書いていたら思うように。それどころか、「大いなる助走」すらしてなかったんかなあ? トホホ。……「学校の美術で教えている絵とは毛色が違う」絵を描きたいと思っていたため、教師に相談すら出来なかった話を続けようと思ったら、当時オレをいじめていた奴のひとりが、卒業式だかで山科けいすけのマンガのキャラをかなり大きく描いて掲示してもらってたのを思い出した……。それを見て「こう言う絵はよくて、オレの好きな絵柄はダメなんかなあ?」とガックリ来た事と、粗暴に見えた奴が意外に絵が上手かったのにショックを受けたのとで、心がささくれた。なんなら自分も、好きな絵を描いて学校に持っていきゃよかったのにと、今なら軽々しく言えるが、卒業間際はそれどころじゃなかったな。なんかオレの人生、ホントおかしくなっていたのね。家庭がこじれる前に、「こう言う絵が描きたいのですが」と、学校に相談出来なかったばっかりに! オレは自分のヘタレさがつくづくいやであると書いていたら、当時オレは自分の好きなものは学校のタテマエやヤニ臭い同級生の嗜好とは合わないと感づいて黙っていたのも思い出した。あーもう、どうしたものやら……。と言うか、こんな暗い過去を振り返る文章を書かず、今こそ好きな絵を描けよ、オレ。そう言うとこだぞ!