走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

50人の金栗四三、50人のオレ

 今日の『いだてん』で、「金栗四三が50人いたら」と言う、四三の妻「スヤ」の一言が、駅伝を生んだと描かれていた。オレはこれを、四三が「自分ひとりが走っても、どうにもならない事がある」と内心気づいていたからこうなったのではないかと解釈したが、そう思ったのもひとえにオレ自身が「自分ひとりがネットで辻説法しても、どうにもならない」と常々感じているからなんだな、これが。なんだー、コリャヨイヨイ。話を戻して、ヤハリひとりで自己主張しても、ほとんどシカトされたりしたら前述のように感じる。だからと言って、オレが50人いたら船頭多くしてなんとやらになりそうな。藤子・F・不二雄の短編に、そう言うのあったし。駅伝のたすきみたいに、他の人がオレの意見や考えを受け継いでくれるだけでいいんだが。

 意見や考えをリレーさせるには、ヤハリ自己主張し続けるしかねえ。「勝者」の尻馬に乗りたがるだけの連中が多い昨今、それはかなり難しい話だが。ここで難しいと言うと、「実現出来ない」と言ってるみたいになるけど。と言うかねえ、オレはあまりに酷い目に遭いすぎ、自分の考えを伝えるのが辛い時があって。ツイッターで発言をあまりしなくなったのにも、それは関係しているんだが。たとえば、なんで勤め先で殺されかからにゃならんのよ? それだけならまだしも、当時人に話す機会がなかった。親兄弟はあてにならんし、当時話が出来る人に話しても、「あなたの話だけでは、判断出来ない」と言われたし。ゲーマー仲間に話せば違っていたかも知れないが、その頃は彼らには自分の生活について話すのがためらわれたのだ。そう言う話に巻き込みたくないと言う思いがあって、つい。あの時恥も外聞も捨ててゲーマー仲間にでも話していれば……今もまた、恥も外聞も捨てて自己主張すべき時なのかも知れない。そうでもしないと50人のオレを用意するどころではなく、オレ自身が「信者のいない麻原彰晃」でしかなくなっちまう!

 オレの意見や考えをリレーされた50人が、何をしでかすか考えたら、かなり怖いけど、やるしかねえ。