走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

うるさい、だまれ、しゃべるな!

 むかし兄貴に何を言っても、ほとんど題名のごとく「うるさい、だまれ、しゃべるな!」と返されマトモに聞いてもらえんかった。今のように友人知人とSNSで繋がってるわけでもないから、一番距離的に身近な兄貴に話しかけるしかなかったのだ。兄貴がマトモに聞いちゃいねえってのを、学習しなかったオレもオレだが。

 今は聞いてくれる相手が出来てマシになったのかと言うと、意外とそうでもない。友人知人は軒並み忙しく、連絡してもなかなか返事がかえって来ないし、このブログやツイッターで辻説法しても、反響が少ないし。オレから見て「それは違うやろ」と言いたくなる話は、ツイッターでまかり通っているのに。あそこで議論は成り立たないので、迂闊に反論も出来んが。

 オレが前述のように他人の主張に我慢がならなくなるのは、「オレは人からマトモに話を聞いてもらえんのに、なんでオレから見ておかしい主張をしているお前らは聞いてもらえるのか!? 許せん!」と言うあまり褒められた類ではない感情が出るからだろう。いい年して、汗顔の至りである。だが、こう言う気持ちがないと、何をされても作り笑いをしつつ耐えざるを得ない卑屈な生き方しか出来ん気もする。たとえば、在特会だの「しばき隊」だのと言ったごろつきを見ていると、どうしてもね……。

 今もネットで話を聞いてもらえないと、最初に述べた「うるさい、だまれ、しゃべるな!」と言われて拒絶されていた頃を思い出して、辛い。呉市内だと、90年代にはゲーマーからも村ハチブ*1にされていたし、オレの居場所がない……。むかしもいろいろあって精神的に参っていた時、はたから見ておかしな事ばかりしていたけど、呉の者は嘲笑とか陰口叩くかばかりで、誰も救いの手を差し伸べなかったし。だからあの時宗教に走ったんだ……。くそっ。今は宗教に走る事はないが、こうまで相手にされてないとまたおかしくなりそうだ。「今以上ってのが、あるんか」とか言われそうだが、あるんです。最悪死ぬとか。そうなる前に、話を聞いてくれる数少ない相手を頼るとするか。ツイッターのタイムラインにではなく、直接連絡するとか。生きるためには、致し方ない。

*1:村八分」と書くと、「火事と葬式の時は捨ておかぬ」となっちまうが、オレは完全に嫌われていたからな。