走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

「悪い見本」を提示する難しさ

 こんなツイートを見つけた。

 これに対し、オレはこんなエアリプをした。

 要は意見の相容れない相手を「醜く」描く事と、マンガで「悪い見本」を描く事はセットになってるんじゃないかと……。あるいは、コインの裏表。それを思うと、中村博文氏の意見にどこまで首肯すればいいのか。実在する相手を悪く描くなだと、ルポルタージュ的なマンガが一切成立しないし……。それで菊池真理子さんの災難を思い出したが、あの件を言い出すと結局、不愉快にしかならず……。話を戻すと中村氏は個人として気を付けているだけなんだろうが、前述のいろいろを思うと、引っかかるものがあって。オレは「サヨクキチガイ」だから、中村氏が引き合いに出したゴー宣*1が、さんざん左派を「悪い見本」として描いた事に対しハラワタ煮えくり返る思いはしている。だからと言って、右翼をおちょくる「論説」マンガを描くつもりはない。オレは小林よしのりにも、山野車輪にもなりたくねえんだ。右翼をおちょくるストーリーマンガのネームは切って、執筆の時間取れそうにないからpixivのネームコンテストに出したけどな。今のところ炎上はしてないけど、この先どうなりますことやら……。

 オレのネームについては置いといて、話をマンガにおける「悪い見本」の表現に戻す。意見の表明に限らず「悪い見本」を描く時は、悪く描かねばならんのではないか。その意味でオレは、信条うんぬんを「全く」抜きにして「悪い見本」を描く事は出来ん気はする。自分の考えを「全く」抜きにした表現の描写は、あり得ないと思ってるからな。中村氏のツイートが気になるのは、作家が己れの倫理観や価値観をまるで抜きにして、作品は描けるのか? それをやったら、たいそう味気ない作品になりやしないか? と思うからである。さりとて、中村氏の意見をまるっきり否定は出来ない。繰り返すが、小林よしのり山野車輪などのやらかしを思えば、傾聴しとかんと。

 ……これで粗方オレの思うところは書いたが、イマイチスッキリはしない。オレはどうしたいのか? と言う、重い問いかけが生まれたからな。別に論説マンガを描きたいわけじゃないが、ストーリーマンガにおける「悪い見本」を否定したいわけでもなし……。うーむ。

*1:に、限った話でもないけど……。