走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

強くありたい……

 以前、こんなブログ記事を書いた。

a-katu.hatenablog.com

 上記記事で取り上げた藤子・F・不二雄の短編『テレパ椎(しい)』で、主人公はテレパ椎を「社会の解体を企む何者かが」仕掛けたものではないかと推理するが、今のオレは「読者*1に嫌がらせするため、藤子Fが仕掛けたんだろ」と思う。そう言える強さが、はじめて『テレパ椎』を読んだ時にあったならねえ……。そう思うのも、ガキの頃のオレに多くを背負わせている気がするけど。ところで、藤子F短編は、いろいろなマンガ家が参考にしているらしく、以前から何度か言及した『描きたい!を信じる 少年ジャンプがどうしても伝えたいマンガの描き方』と言う本でも、そう言ったマンガ家の弁が……。内容にショックを受けて思考停止したオレとは、えらい違いや。そっちの意味での強さもないから、オレは創作もパッとしないのかな。前述の「読者に嫌がらせするため、藤子Fが仕掛けた」うんぬんだって、かなりいじけた言い方だぞ。マンガ描く時は読者に嫌がらせしまくらんと、話にならんのかもと思う時もあるけどにゃー。オレはそれが性に合わん時もあるんだが。悪意や強い表現は強い者に向けたいけど、ところがそうはいかんのだっ! 別に表現で弱い者いじめしたいんじゃなく、強い表現の力を御す事が出来てないんだ……。だから「強くありたい」と……。

 書いてて「自分が創作者としての強さをどの程度持ち得ているのか」と言う自問が出たが、愚問だった。作品を描いて発表せねば、強さもへったくれもわからんじゃんね~! くそっ、やっぱり描かねばダメか……。描きかけのマンガはある事だし、それを完成させる事に集中せねば。理屈じゃないんです。ただねえ……、今の世の中の人々が繊細になってしまい、かつてのオレ以上に「強い表現」を恐れているんじゃないかとは思う。そんな世の中であえて創作者をやるんだから、オレは思ったより図太いのかも知れない。「強い表現」とは何ぞやについては、今話す気になれないから、別の機会に。

*1:あるいは主人公。