走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

未来予測と過津神

・未来予測能力とか、禍津神の加護とか

 カマヤン(id:kamayan)さんのこの記事を読んで、思った事をつらつらと。

 まず未来予測について。オレはカマヤンさんよりは、未来予測能力が弱いと思う。年単位での予測と言うか判断がしづらいのよ、長年その日暮らしを続けていたせいで。そもそも両親がそう言う事を考えずに生きて来たものだから、オレも未来に対するアンテナみたいなものが弱くなって。

 未来予測で言えば、表現規制反対活動に首を突っ込んだのは、「これを見過ごすとロクでもない未来が待っている」と思ったからなんだけど、途中から今は亡き惟任日向さんが、足を引っ張ると言うかいちいちおかしな事を言い出したのがこたえている。正直思い出したくない事なんだが、少し書いておこう。彼はオレに対し「お前は小局ばかり見て大局を見ていない」とよく言っていた。じゃあお前は大局を見た上で、表現規制について動いているのかよと聞いておけばよかった。聞いてもロクな事言わんかったろうが。彼があまりにアーダコーダ言うから、「じゃあ、どうせえっちうねん!?」みたく聞いたら「それが分かっていたら、俺が自分でやっているわい」と言いやがった事もあったからな。彼は表現規制の影響は小さいし、歴史の流れの中で「山だったり谷だったりするだけのこと」と思っていたようだが、オレは「今」動かないと後悔するし、前述のようにロクでもない未来が待っていると思ったんだけどな……。この辺から惟任さんとの齟齬は広がり出し、死に別れるまでそれは埋まらなかった。こんな事になるのを見抜けなかった程度には、オレの未来予測能力は弱い。しかしながら、今のままだと自分にロクな将来が待ち受けていない事は分かる。病気が良くなるわけでもなければ、収入が激増するでもないしな……。

 このままだとどうしようもないので、話をカマヤンさんが言っていた禍津神についてにしよう。まず、この写真を見てもらいたい。

 これは広島市内の胡子神社の立て札の一部だ、蛭子命が祀られているとある。蛭子神と言えば、骨がないだかなんだかでイザナギイザナミに捨てられたあと、人に拾われ恵比寿さまとなった神だ。こう言うのも、禍津神のひとつと言えよう。日本のカミサマには、他にも崇徳上皇菅原道真のように一度捨てられた者がカミサマに返り咲くパターンありますよね。しかしながら、名もなき民草にはその機会はねえのだ。真の禍津神は、日本の歴史において顧みられなかった民草の怨念かも知れない。しかしそれが、日本に巣食うイカサマモノを祟り殺したと言う話は聞かない。ヤハリ全ての宗教はフィクションでしかねえのだ。