走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

生きる気力がゴリゴーンと削られて……

 題名に書いたとおり、今生きる気力がゴリゴーンと削られている。嫌いなもの*1の事を考えてしまってから、急速に世の中が嫌になってしまったのだ。じゃあ、嫌いなものの事を考えねばいいのだろうが、ところがそうはいかんのだっ! オレが嫌いなものが好きな連中に包囲され、袋叩きに遭って死ぬんじゃないかと言う恐怖が、十数年付きまとっていて……。好きなものの事を考えても、今度はオレが好きなものが嫌いな連中に包囲され、袋叩きに遭って死ぬんじゃないかと言う恐怖が出て。長い事孤立して来たばっかりか、意見交換が出来る相手がネットをやるまであまりいなかった*2のも、前述のふたつの恐怖に繋がっている。そのネットにしても、そこでオレが嫌いなものが好きな連中やオレが好きなものが嫌いな連中を確認してしまえるようでは、以前言った「not for me」もせんない。嗚呼。

 とか書いたら、ある程度すっきりはした。あくまで「ある程度」だが、前述の恐怖に振り回されるよりは、まだいいわい。嫌いなもののうち、マンガなどの「物語」に対抗するため、それらへのアンチテーゼになるものを描いてやろうとあがいたが、いまだに出来ず……。嫌いな作品のキャラを血祭りに上げる二次創作では、アンチテーゼにはならんかったみたいなので、もうそう言う事は出来ませんしね。正直「描くんじゃなかった」とさえ。オレがこんな後悔するのは、創作者としては相当重い発言ですよ。「じゃあ、なんでそんなもん描いたのか?」と言うツッコミやお叱りはあろうが、オレは「自分が動く事で状況が解決するなら、動きたがる」性分なんだよ。「嫌いな作品のキャラを血祭りに上げる二次創作」もまた、それで状況がよくなるならと思っての事だったんだが……。よくならんかったな。じゃあオレは、どう言う作品を作ればいいんだと悩んでいたが、最近は嫌いな作品へのアンチテーゼ抜きにマンガを描く機会を得て、いろいろ思い直す事はある。と言うか、なんで描いてなかったんじゃ、オレは。それは「もう、嫌いなマンガ家に作品で勝つ術はない。死にたい」とまで思い詰めてたからだ。なんでオレが、そこまで思い詰めんといかんのか……。そのわだかまりなどをいったん捨てて、創作をやり直す事が出来たのはよかった。しかし、それでも嫌いなものの事が頭をよぎり、オレが嫌いなものが好きな連中に包囲され、袋叩きに遭って死ぬんじゃないかと言う恐怖と、オレが好きなものが嫌いな連中に包囲され、袋叩きに遭って死ぬんじゃないかと言う恐怖が出るとは。それはオレの人生の長い期間において、好きなものを攻撃される事が多かったのと、それに対抗する術が何もなかったのとが大きい。ちくしょう。今からでも、もっと創作をせねば。いろんな意味で、時間はないのだし。

*1:物でも、者でも!

*2:数少ない友人知人にしても、そうそう話が出来る機会がなかった……。