走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

マー、そうでおますわなあ……

 最初このツイートを見た時に、題名のような言葉が出た。そしてオレが今回取り上げたいのは、「大多数があんたの見えない所で身体にいいものも食べてます」と言う点。そう、世の中創作物以外からも、いろんな事を学んでいる人が多いのだ。だから反社会的な表現の悪影響も、非常に小さくて済んでいるのではないかと……。この辺のバランスが崩れたらどうかは分からんが、創作物のせいにするほど言い訳がましい奴は別の事でも言い訳に使うだろうし、目の前の現実が創作物に負けるようなら、目の前の現実の脆弱さこそ問題ではないか? そんな状況で、強い影響を持つ創作物を作れるのかとも思うけど。いえね、現実に力がないなら、創作物はより力を持ち得ないのではないかと。大事な事なので繰り返しました。それに、ビートたけし気取るつもりじゃないけど、いい事言っている創作物だって多いのに、世の中はなかなかそのとおりにならないじゃない。目の前の現実の問題はすぐに解決しないからな。そういや、「あさのりじ」と言うマンガ家によるマンガの教本に、「悪いマンガをなくしても世の中はよくならないけど、世の中がよくなれば悪いマンガもなくなる」みたく書いていたと聞く。オレが言いたいのはそう言う事だ。

 ……と言っても、反響ほとんどないんだよな。以前中国の表現規制に触れて、それを題名にした時は反響あったけど、それ以外はなかなか。それでもめげずに話を進める。とは言ったものの、論旨はあらかた前の段落で書いちまったけどな。「創作物より目の前の現実の方が、影響は大きい」と言うのは、オレが表現規制問題に首を突っ込む前からの持論だ。そう思うには、いろんな紆余曲折があった。自分の人生経験とか、そのように言語化した本を読んだとか……。あと、表現物の影響って、有毒物質や放射線のように定量化出来る類のもんじゃないんだよね。こう言えばなんとか分かってもらえる気がしていたけど、「化学物質は全て有害」みたいなタイプには効き目がないと知り、説明の方法を考え直さなければならなくなった。オレが説明してどうなると言うもんじゃないかも知れないけど、何もしないよりは。……ここまで書いて、だいぶ疲れた。この話、また別の機会に。と言って、棚上げにしちまって忘れた話は多いけどな。