走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

うっとうしい事を自ら解決しようとする動機付け

 以前mixi日記に、こんな事を書いた。

 今日、広の丸亀製麺で昼飯を済ませた帰り、新広駅の無人改札口のホーム側で立ち往生している婆さんがいた。その姿を目にするのがうっとうしかったので事情を聞いたら、電車の待ち時間が長いので切符をキャンセルしタクシーを使おうと思ったが改札機から出られないとの事。ホームの精算機を使って係員に話を繋ぎ、事態を解決させた。

 オレはこんな事、別に親切でやったわけじゃない。目の前でおろおろしている奴がいると前述のようにうっとうしく、また面倒なんで、オレがどうにか出来るならしてやったまでだ。前にも書いたが、呉駅周辺に放置してある駅ビルのスーパーのカートを見ると元に戻すのも、同じ理由である。自分の手で目の前の面倒事がなんとかなるなら、オレは動きたい。親切心とかでなしに、うっとうしいから。逆に、余計な事に首を突っ込んで相手に怒られた事もあるが……。

 こんな事を考えるオレ自身が、一番うっとうしいのかも知れない。無関心でいた方が楽だろうけど、自分の手で面倒事がどうにかなるなら、動いた方がうっとうしくない。こんな性分で精神病だから、人生かなりつらい。つらいが、放置してあるスーパーのカートを戻すくらいなら、時間の許す限りやるぞオレは。いい事をしたいわけじゃないんだけど、性分だから。

 とは言え、自分の手にあまる事は首を突っ込まないようにもしている。このブログで、時事ネタを減らしているのも、世の中が「自分ひとりの」手には負えない事ばかりだからだ。ブログで触れ回る事で、もっと上手くやれる者にバトンが渡らんかと思った時もあったが、「あんた世の中をどう思う」と、『必殺仕業人』のオープニングナレーションのように問いかけても大多数の閲覧者は「どうでもいい」としか思わないみたいなんで、今はそれすらしづらくなっているからな。もうちょっと考えられんか動けんかと思うが、それを言ってもシカトされちまうのだ。やれやれ。オレに健康と財力と人望があれば、ねえ。