走れ小心者 ARMADA はてなブログ版

克森淳のブログ。特にテーマもなくゆるゆると。

オレのマンガ道その7

 この記事の続き。1998年の冬コミに、VOWネタ的なものを集めた同人誌を伝手を頼って出したが、結果は散々だった。その前から仕事の件でオレにキツい事を言っていた親父が、この件でますますキツく当たるようになった。「さいとう・たかをのような絵が描けにゃあ、つまりゃすまあが!」とか、この記事にも書いた「早く見切りをつけろ」とか「趣味なんて一人前に働けてからのもんだ」とか……。これはこたえましたね。この時描く方面でのマンガの話が出来る仲間が側にいたら、少しはまた違った人生があったのではと思う。前回の記事でもちょっと触れたけど。マンガは結局は自分で描く物だが、描き続けるには理解者がいた方がいい。あるいは弓月光みたいに、マンガで多額の賞金をババンとせしめて、親にぐうの音も出ないようなと出来たら良かったのだが、それもかなわなかったし。

 そんなこんなで職業訓練も終わり、無職になってしまいバイト生活に入る。主にキャラショーの中の人。これに至る経緯やそこでの苦労は、「オレのマンガ道」と関係ないし、当時の関係者からの報復が怖いので詳述はしませんが、打ち続く稽古によりますますマンガを描く機会が失われたとだけ書いておきます。その頃永井豪の『雷人サンダー』に触発され、架空の幼年誌ヒーローを描いたマンガ同人誌を出し、『宇宙船』誌でも紹介されたが、全然売れなかった。そんなこんなで生き腐れは進行して行くが、2000年のはじめに以前コミケで買った同人誌を読んでいたら「オレもこんな本を作ってみたい。そのためにはまず、足元を固めなければ……」と思い立ち再就職をする。そして広島の同人イベントで、ある人物と知り合うのだが……。(続く)